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2012年5月 4日 (金曜日)

「アンストッパブル」はクロサワの幻の傑作「暴走機関車」だった!

 8時起床。
 今日は洗濯をしようかと思ったが、雲行きが怪しいので、やめる。

 朝のモロモロのあと、仕事。
 が、「今起こっていること」をきっちり反映させたいので、集めた資料を熟読したり、書き始める前にざっと調べたネットの書き込みをもう一度探して読み直したり。
 本に載っている内容は、どうしても現状と食い違ってしまう。雑誌はまだリアルタイムに近いが、これだって情報としては賞味期限がある。一番新鮮なデータを得るにはネットが一番だ。ただ、その出所には神経を使わなければならないが。自分が欲しいうってつけのデータを見つけても、それがウソや捏造、いい加減なものではないという見極めをつけなければ、使えない。

 調べた成果を反映させていると、凄く時間がかかってしまった。書いた枚数的には少なかったが、今の段階は「土台を固める」事が必要だからなあ。事実をネタにしたフィクションを書いているから、この段階をしっかりしておかないと、トンデモないアホな話になってしまう。

 昨日注文したら早速届いた『ブルージーンズ・ゴールデンアルバム」を聞きながら、仕事。文字通り擦り切れるほど聞いたLP だが、CDで鮮度抜群なサウンドで蘇った。
 寺内タケシ、最高!エレキの神様!

 ブランチは、目玉焼きにハム&マヨネーズ、ご飯に味噌汁、切り干し大根。目玉焼きを焼いたら、またしても部屋中ケムリだらけになった。やっぱり今の換気扇ではダメだ。

 雨は結局、今日も一日降ったり止んだり。

 入院が長引くご様子の聖さんをお見舞いすることにして、お見舞いの品やスケジュールがダブらないようにちょっと調整。というか、みなさんのご予定を伺う。容態は安定した分、暇を持てあましているご様子なので、いっぺんにどっと行くと、お楽しみがすぐに終わってしまうんじゃないかと思って、「小出しの余興」パターンを取ることにする。

 夜、北千住マルイでお見舞いの品を買い、ルミネで相方と待ち合わせ、食事。「つばめグリル」でハンバーグ。やっぱりここのハンバーグは美味いなあ!

 コンビニに寄るという相方とひとまず別れて、歩いて帰宅。
 ほどなく相方もやって来て、wowowで録画した「アンストッパブル」を見た。

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 デンゼル・ワシントンとトニー・スコットは前作「サブウェイ123」(あの名作「サブウェイ・パニック」の恥劣なリメイク)で失敗していたので、この組み合わせをフォックスは避けたかったらしい。
 しかし、映画は、快作!実に面白い。
 暴走する機関車をなんとか止める話、しかも実話に基づく、となると、映画好きならどうしても、クロサワの幻の「暴走機関車」を思い出す。クロサワのハリウッド進出第一弾!と期待されたのだが、ジョセフ・E・レヴィンは白黒スタンダード、クロサワはカラー・70ミリと作品規模からして構想が食い違っていて、歩み寄れず企画は流れてしまい、後年、ロシアのアンドレイ・コンチャロフスキーがシナリオの設定とストーリーだけを戴いて映画にしたが、これがまあ、史上有数とも言える唾棄すべき失敗作だった。暗くて陰湿なロシア文学的復讐劇になっていて、こんなもの誰が見るんだ、という映画になってしまった。
 クロサワはロシア文学が好きだから、運命論的重苦しい復習譚なシナリオを書いていたと思われるかもしれないが、岩波から出た「黒澤全集」に収められた「暴走機関車」脚本は、まったく違う。モロにアメリカ映画。暴走する機関車の迫力が前面に出て、それを止めようとする男くさい連中が、躍動して、大活躍する。映画になっていたら、黒澤らしい無骨なユーモアにも溢れて、「用心棒」「椿三十郎」を上回る明快爽快痛快なアクション巨編の大傑作になっていたのは間違いない。

 この「アンストッパブル」は、2001年にオハイオ州で実際に起きた貨物列車暴走事故を基に作られたモノなので、その意味では黒澤の「暴走機関車」とは無関係なのだが、黒澤の「遺志」がそのまま伝わっているかのような、大快作だった。
 暴走する機関車を止める!ハナシが単純明快なのがいい。
 パニック映画として、有能な列車の運行管理者にバカな上司が絡むのは定石。こういう定石は、絶対に外してはいけない。
 そして、英雄的活躍をするヒーロー二人が抱える家庭問題。これも定石だが、これがあんまり前に出ると邪魔臭いし活劇の邪魔になる。あくまで「男くさい活劇」なんだから、オンナコドモ(本作の有能な運行管理者は女性だが、これならいい。しかし妙に頭のいいガキが出て来るのはシラケる)がしゃしゃり出ると調子が狂う。そのへんの案配も絶妙。映画の冒頭では家庭人としての地位が低かった二人は、その活躍で一気に家庭人としてもヒーローになって、幸せを掴む。最上の絡ませ方。定石中の定石だが、これを外すとコンチャロフスキーの映画のような無残なダメ映画になってしまうのだ。

 子供たちを乗せた「学習列車」が暴走貨物列車と正面衝突するんじゃないかというサスペンスとその解決も、子供は殺さないだろうと判ってはいるが、直前までハラハラさせて、見事。
 路線や機関車の性能などの説明も、手際が良くて、上手い。「新幹線大爆破」の欠点は、こういう「状況設定の説明」をナレーションでやってしまったことだ。手っ取り早いが、シラケる。頭が良くて映画が判っているシナリオライターや監督ならば、事情がよく判っていない第三者を出して、その人物に説明することにして観客にも判らせるという手を使う。それが鮮やかだったのが、「サブウェイ・パニック」(東京からニューヨーク地下鉄を見学に来た英語の判らない一団にウォルター・マッソーが揶揄い半分に説明していくが、最後に見事な英語で返されてマッソーは苦笑いというオチまでついていたのだ!)。「新幹線大爆破」と同時期に公開された増村保造の「動脈列島」もそつなくやっていた。だから余計に「新幹線大爆破」の垢抜けしなさが目立ったのだ。
 金儲け主義の会社の思惑はことごとく打ち砕かれ、会社が立てる作戦もすべて失敗、というのも定石だが、こうこなくてはいけない。だから、主人公二人の獅子奮迅の活躍がひかるのだ。

 人員削減と合理化の結果、クビが決まっている有能なベテラン運転士と、悪い男ではないのだが知識不足なのを突っ張りでカバーする新人が、最初は「老人ホーム」「ガキ」と嫌っているが、だんだんと歩み寄って、お互いの人間としての素晴らしさと勇気に共鳴して尊敬し合う仲になる、というのも、定石だけど、この定石は何度見ても、どう形を変えても、絶対に感動するんだよねえ。

 もちろん、暴走貨物列車はなんとか無事に止まって、メデタシメデタシ。ルール破りのひどいことは起きない。こういう映画は、こうでなければならない。
 トニー・スコットの演出は、ショットの頭でズームをヒョイと引く、ドキュメンタリー映画でカメラマンが慌てて画面サイズを広くしたような撮り方を多用していたが、これは不安感を煽るのに有効だった。後半の、二人が活躍するようになってからは、この撮り方は消えたし。

 映画として実に面白かった。そして……黒澤の「暴走機関車」も映画になっていれば、こんな感じの大活劇になって血湧き肉躍る興奮をしただろうなあ、と思った。あの傑作シナリオが映画にならなかったの極めて残念だが、その遺志は、トニー・スコットをはじめとするスタッフ・キャストがきっちり受け継いでくれた。黒澤が作りたかったのは、こんな映画であったことは間違いないのだ。

 実に面白い作品だった。

 相方帰り、「タモリ倶楽部」を見る。「総合車両製作所」見学の後編。もう完全に、この会社のPR番組。それをテッチャンたちが嬉々としてやっているからイヤミにならないのはテッチャンたちの人徳だねえ。

 「ぷっすま」の料理名人タレントを見て、シャワーを浴びたり皿を洗ったりしていると2時になったので、慌てて寝る。

本日の体重:87.45キロ(早く86キロ台に戻したい)
本日の摂取カロリー:2295kcal(いかん……)
本日の消費カロリー:日常生活+309kcal/5802歩

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