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2012年12月 7日 (金曜日)

地震・追悼・困った旧友

 8時過ぎ起床。

 今日も洗濯したりの、朝のモロモロ。

 起きるのが遅いと、すぐに昼になる。

 ブランチは、千住西口の「宿場町通り商店街」まで歩いて、「KHバーガー」へ。ここに行こうと何度も思いつつ他の店に行ったりしていたので、久々に本懐を遂げた。

 BLTCバーガーを食べて、デザートにアップルパイを頼んだら、これはダメ。レンジで温めたから、パイ生地がぐしゃぐしゃ。この店の人は、美味いパイを食ったことがないのか?

 ノジマに寄って、POP用の特厚ハガキを買う。ついでにブルーレイの二層ディスクを探したが、ケースに入ったものしかない。以前は20枚入ったのとか売ってたのに。最近、品揃えが悪くなってきた感じ。大丈夫か?

 ついでにルミネ地下にも行って崎陽軒のシウマイ弁当を買う。

 帰宅して、シウマイ弁当を食ってしまった。しかし駅弁(シウマイ弁当は駅弁マークが入っていたから、駅弁)は列車の中で食べるものですな。その方が美味い。

 で。

 プロットをまとめなければ。

 しかし、来週のスケジュールをどうしようかと考える。「ざ・りべんじ」の新刊書店廻りと光文社新刊の再校がモロにWってしまう。再校はずらせないから、挨拶回りをずらすしかない。発刊前に行ってしまうか、発刊後ちょっと遅れていく方がいいか。再来週になると、忘年会や打ち上げ、観劇が目白押しなんだよなあ。まあ、なんとかなるか。

 で、夕方のニュースをちょっと見て、プロットを、と思ってMacに向かったら……地震。最初は小さかった揺れが、ゆーらゆーらとだんだん大きくなってきて、建物全体が揺れ出した。

 ついにきたか、と思ったが、この揺れ方は首都圏直下型ではない。遠くで起きた巨大地震だ。反射的に311を思い出し、テレビをつける。

 NHKは政見放送中で、みんなの党の渡辺サンが喋っていた。だから即座に地震速報に切り替えられない。民放を見る。各局一斉に地震速報。もちろん、なにがあってもアニメ番組を流し続けるテレ東は除く。

 最大が震度5弱で、東京は震度4。突っ張り本棚がかなり揺れた。震度5になったら本棚は倒壊するかもそれないなあ。スピーカーも倒れたが、これは足場が悪いから。レンガ2個で支えているから。スピーカー台をきちんとするか。

 で、ずっとテレビに見入る。こうなると、福島の原発が心配だ。特に、4号機。幸福実現党は「原発推進!」とか言ってるが、ここは極右みたいなもんだし諸派だし。とても五月蠅いが。

 相方に電話して無事を確認。

 と、ウチに何故か東大病院から電話。「Oさんですか?」と旧友の名前を口にした。はは~んとピンときたので、「僕はOの友人でOではありません。入院の話は聞いていますので、Oの電話番号をお教えします」と、奴の携帯番号を伝える。どうもOが、自分の携帯電話の番号を書く欄におれの番号を記入したらしい。やっぱりどうもOの脳の具合には黄信号が点滅している。

 とは言え、たぶん、ベッドが空いたという連絡だろう。予定より1週間遅れたが、まあ良かったじゃないか。

 一応、入院がどうなったのか知らせろとメールしたが、ふと心配になって電話してみると、出ない。携帯にも電話にも出ない。

 地震の後だし、不吉な予感もする。ひっくり返って頭を打って失神している?それとも、死んだ?

 じりじりするが、奴が死んでもおれには責任はないし、知ったことかという思いもあるが、救えたのに助けが遅かった、ということになるのも嫌だ。

 このまま連絡が無ければ、家まで行ってみるか……いやいや、もう、ダメならダメでいいじゃん、という気持ちが交錯。実際、奴の頭のネジの緩みにはイライラして、いい加減面倒になっているのだ。しかしそれは病気のせいだろうし、奴が悪いわけではない……。

 

 シウマイ弁当で腹がそう減らないから、夕食は抜き!と思ったが、20時を過ぎて、さすがに腹が減ってきた。エースコックのワンタンメンにキャベツを投入し、ゆで卵も入れて食う。美味い。

 21時からの中村勘三郎追悼番組を録画しつつ、見る。

 初めて本人の口から明かされた真相。食道癌は初期のものだったが、すでにリンパ腺に転移していた。内視鏡での切除は無理で、まずは抗がん剤で癌を小さくしてから、と。

 結果は12時間の大手術。初期の食道癌で12時間、というのはヘンだなあとは思っていたが、そういうことだったのか。手術が成功しても声が出なくなる可能性もある。手術するかどうか迷う心境など、勘三郎はホンネに近い事を話した。手術をしないで60幾つまでこのままで行くか?でも、もっとやりたいことはあるし、家族のことを考えると、もっと生きたい。

 独占インタビューは、フジテレビがこれまでずっと密着してきたからこそ。最初のインタビューは、密着ドキュメンタリーの一部のつもりで「病気になって入院して手術して生還しました」のアタマという感じで、本人の希望で撮っていた。

 それが、二度目のものは病状が深刻なことが判って、手術3日前のゴルフコンペのあと。これが最後のインタビューになるとは……。

 本当に亡くなったことが信じられない。

 

 大竹しのぶのインタビューになったところに、Oから電話。

 携帯電話をおいて買い物に行っていたと。

 こういう時に限って大事な電話が入るのは、マーフィーの法則だ。入院の日が決まって、確認の電話を週明けに入れればいい、と言うことが判ってホッとはしたが、大いに叱った。

 携帯電話を家に置いておくのは携帯電話の意味がないこと。奴は置き忘れを心配するので、前から首からかけるようにしておけと言ったろ!と。

 それよりなにより、東大病院に、どうしておれの電話番号を本人のものとして教えたんだ!と。

 当人はそんな間違いをしたことが信じられないらしく、

「そんなことは絶対ない。だって、ウチに連絡が入ったけど」

「それは、おれが番号を教えたからだ!」

 こーゆーストレスは、どこに捌け口を求めたらいいんでしょうね?

 相手は、たぶん、症状が進行し始めている。そういう奴にまともな対応を求めるのは無理だ。おれは、トロい奴が大嫌いなんだが、Oだって、好きでトロくなったわけではない(学生時代から妙なところがトロい奴ではあったが)のだから、あんまり責めるわけにもいかないが……。

 しかし、どうしておれが、こういう役回りになるんだ?

 まあ、肝心な要件については何とかなって、良かったものの。

 イライラと言えば、朝日朝刊の書籍広告欄に、「原発ゼロで日本は滅ぶ」というトンデモ本決定と言える広告が載っていた。共著者を調べると、片方は原理力工学にも医学にもまったくの門外漢。もう片方は一応専門家だが、どうも幸福実現党に関係があるようで、ずっと「原発周辺は安全」「避難する必要なし」と言っているヒト。原発事故後、何人もの、この手の「原発安全狂信者」が登場して、キワモノ扱いされてすぐに消えたが、その一員だろう。

 この二人は、こういう本を書くのなら、そして自分の主張が正しいと思うなら、避難区域に住んで生活して、それでモノを言え!それもしないで避難区域は安全だの健康被害はまったくないだの言うな!

 それはともかく、Oとの電話を切って、勘三郎追悼番組を見続ける。

 フジとしては、こういう極秘情報を知っていたのだから、来たるべき日を考えて、追悼番組の準備を進めていたのだろう。ネットでは、死ぬのを待っていたようで嫌だとかいうナイーブな書き込みが多数あったが、この手の追悼番組は事前に用意されているのは当然のことだ。ただ、思いがけなく「その日」が早く来てしまって、構成が粗いところはままあったが。

 これだけの材料を持っているのはフジかNHKだろう。もう一度再構成して、落ち着いた追悼番組を放送してほしいものだ。

 いろいろとガックリ&グッタリ。

 「タモリ倶楽部」は半分以上寝てしまい、気がついたら「ぷっスマ」になっていたので、1時30分ごろ、寝る。

本日の体重:90.85キロ

本日の摂取カロリー:2263kcal

本日の消費カロリー:日常生活+282kcal/4789歩

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