« 尻に火がついているが、気功 | トップページ | 虚心坦懐にいきましょ〜! »

2013年5月14日 (火曜日)

「第4章」あがったが……

 くーたんに起こされて、8時前起床。

 晴れ。

 洗濯して干したり朝のモロモロを済ませて、朝飯。トーストとゆで卵。牛乳がなくなったのでコーンフレークはナシ。

 仕事を開始する。とにかく今日中に「第4章」を終わらないと、ギリギリ締切に滑り込む目算は狂ってしまう。

 頑張る。

 と、宅急便。イトコから台湾製のカラスミを貰った。カラスミって日本だけのものだと思っていたら、台湾でも作っているのね。いや全然知りませんでした。初めて食べるものなので、どうやって食えばいいのか調べてしまった。

 そうそう。昨日戴いた本のご紹介。

Asikawa

芦川さんの「宵待ち同心三九郎~春雷の桜ばな」(学研M文庫)

 桜見物で賑わう飛鳥山で、大店の娘を楯に暴れる島抜けの咎人。三九郎は咎人を捕らえて娘を救ったのだが、その娘は後日、何者かに誘拐されてしまった。実は捨て子だったという娘の背後にあるものは……。

 人情同心、御馴染の大活躍!

Fujimura

藤村与一郎さんの「夫婦隠密行~副将軍の奸計」(徳間文庫)

 夜ごと現れて貧乏長屋の連中に金をばらまく義賊。しかしその一方で老中・水野忠成の屋敷から将軍家から拝領した兜が盗まれたが、お小人目付・結城慎之助が調べを進めると、御三家・水戸斉昭と鳥居耀蔵の陰が……。そして密命を帯びて京都にいる慎之助の妻・吉野に迫る運命は?

 史実を巧みに折り込んだ、時代ミステリー&ハードアクション!

 昨日、成城石井の浜町店で買ったミニ・ピザを2つ焼いて食うが足りないので、エースコックのワンタンメンも。美味い。

 引き続き、仕事。

 なんとか18時過ぎに終了。

 「第5章」をどうするか考えようとしたが、頭が疲れてしまって、もうダメ。

 19時に、近所のファミレスで相方に会う。HPminiに書きたてホヤホヤの「第4章」を入れていき、相方に見せる。

 チキンソテーとサーモンのグラタンのセットを食べる。

 いろいろ直しの提案があって、それに沿って直すことにするが、今日はもうダメ。

 で、残りの2章分の展開を打ち合わせたが、内容を考えると1章にまとまる。が、これまで「涼次シリーズ」は400ページ前後の分量があったが、今回はかなりページ数が短くなる。それでいいかどうか、担当T氏にお伺いを立てなければ。しかし、内容的には、あと60ページくらいで終わってしまう。短編をつけてページ数を増やすかどうか、それはT氏の判断次第。

 しかし、あと1章でまとまるなら、締切をクリア出来る自信はある。

 打ち合わせを終えて、21時過ぎに帰宅。

 担当T氏に、上記の件をメール。しかし「短いと困る」と言われたらどうしよう。構成を立て直してエピソードを増やし、展開をもっと複雑にしなければならない。そうすると、締切には確実に間に合わなくなる。

 う~む。

 新型iMacは、内蔵DVDドライブがなくて外付けになる。CDやDVDの再生に使うには何の問題もないし、CDを焼くにも問題はない。しかし、DVDを焼くと、なんかおかしい。

 焼いたものをDVDデッキで再生することは出来るが、iMacだと「中身がない」と判定されて、再生出来ない。

 複数のDVDを焼くソフトを使ってみたが、ダメ。気功のDVDを焼こうとしたのだが。まあデッキで再生出来れば事実上、問題はないとはいえ、スッキリしない。正常な状態ではないのだから。ToastTitaniumの検証機能が働かない関係かもしれない。しかし、複数のソフトでテストしても同じ状態になるので、これはソフトの問題ではなく、ハードウェアの問題なのだろう。もしくはOSレベルかも。

 おかけでDVD-Rを5枚くらい無駄にしてしまった。

 ならば、内蔵ドライブのある、MacBookPro17を使えばいいのではないか?

 ということで、ついでに他のソフトもiMacからMacBook Pro17に移す。Thunderboltのケーブルを使ってiMacをターゲット・モードで再起動すれば、実に簡単に移し替えることが出来る。というか、コピーなのだが。

 10分ほどで作業完了。

 テストしてみたら、やっぱり内蔵ドライブのあるMacBook Pro17では支障なくDVDが焼けた。

 懸案が一つ、曲がりなりにも解決。

 風呂に入った後、相方に借りた村上春樹「パン屋再襲撃」から短編3本を読む。

 おれは村上さんのエッセイの大ファンだが、小説は「紙一枚」しっくりこないというか、理解出来ない感じがあって、初期の数冊以降、読まなくなっていた。「パン屋再襲撃」も1986年初版のものだから、初期……いや、ヨーロッパ滞在を開始した頃のものだから、中期の作品になる。

 で、やっぱり、平易な文章・難解な物語だよなあ、と思った。表面をなぞればたわいない日常をユーモラスに描いていると読めるが、これには絶対裏がある。その「裏」ってなんだろうと思うと、これが判らない。

 人とはちょっと違う自分がいて、周囲と合わせるのにけっこう苦労している。それは村上さん本人の実感だろうということは、大量のエッセイを読めば判るし、それが判れば、「ファミリー・アフェア」もきちんと味わえているのかもしれないが……。それでいいのかなあ?

 で。

 太田光が村上春樹を激烈な言葉で批判している、というか、それを取り上げたこの文章がとても気になる。(←リンク)

 太田光当人はどう思っているか知らないが、「世界的な文学者になった人なんだからキツい言葉で批判しても大丈夫。だからネタにして言いたい放題やる」「巨大なものならかなり強引に曲解した批判をしてもウケるし、相手だって何とも思わないだろうからOK」みたいなつもりなのだとしたら、それは太田光のカッコつけというか「カッコよく見せるポーズ」「批判の対象者への甘え」であって、ガッカリだ。少なくとも、アスリート体型の村上春樹は「小太り」じゃないし。

 おれ自身、村上さんの小説については上記の通り、「紙一枚」理解を阻まれている感じがあるので、太田光の批判が判らないでもない。しかし、その態度には嫌悪を催す。

 お笑い芸人のネタでしかないのなら、そんなネタにされた村上さんが気の毒だ。まあ、世界的有名人になってしまったんだから、世界中の芸人のネタにされても仕方がないのかもしれないが……。

 しかし、村上さんのエッセイを読むと、彼はそんな風に扱われるのを凄く嫌っているんだよね。嫌がっていることをするというのはどういうことなの、と思う。有名人というか、公人なんだから、何を言われても、ピント外れで底の浅い罵詈讒謗を浴びても仕方がないのか?

 これが政治家なら、おれたちの生活に影響を及ぼす存在なんだから、ネタにされても汚い言葉で批判されても仕方がないと思う。政治家とは他の政治家をガンガン批判するのだから自分も批判されて当然の商売なんだし。

 

 おれ自身、世界的な評価を受けていて、古今東西の映画史上の巨人といわれている小津安二郎が、どうしてもダメだ。生理的に受け付けない。しかし、世界的な巨匠なんだから、理解出来ない方が悪いのだと思って、特にダメな「東京物語」は何度も見たし、「晩春」「麦秋」「秋刀魚の味」「浮草」など、戦後の小津作品はかなり見た。戦前やサイレント時代の小津さんの作風は超モダンでテンポも速いし、好きなのだが……。

 高橋治の人間・小津安二郎を描いた「絢爛たる影絵」も熟読した。戦地に赴いて、戦場の真実を知ってしまった小津には、それまでのような映画が撮れなくなった、という文章に、とても重いものを感じたし、松竹の監督会で若手に批判されるのを黙って聞いていた、という文章にも重いものを感じたし、横須賀線に乗って、天井を廻る扇風機をじっと見つめていた、という文章にも極めて重いものを感じるのだが……。

 しかし、やっぱり、原節子と笠智衆の対話で、一言ごとにカットバックしたり、横須賀線がフレームインしてフレームアウトするまでえんえん撮っていたり、バックに流れる音楽がヤケにチャチで安っぽかったり、三人くらいの「同窓会」で、「いや~楽しい」と言いつつ全然楽しそうじゃなかったり、独特のローアングルが窮屈でたまらないし、イマジナリーラインを平気で越えてしまうのも違和感があるし、原節子や杉村春子以外の俳優の芝居がぎこちなくて操り人形みたいだったり、どれを見ても「娘の結婚」をえんえんと淡々と描いている「だけ」だったりで、どーしても面白く思えないし、芸術も感じられない。

 これはきっと、おれに問題があるんだろうと思っている。だから何度も見るのだが、やっぱりダメだ。生理的なものだから、これはもう仕方がないと思っている。パクチーや納豆が食えないのと同じ。

 太田光も以前は村上春樹の愛読者だったらしいから、おれに似た感情があるのだろう。ただ、おれは小津安二郎を悪し様に貶したりしない。おれは生理的にダメだと思うだけだ。ま、おれは毒舌芸人じゃないからね。

 そんなことを感じつつ、くーたんとも遊んで、1時就寝。

 どうも昨日見た「くーたんが白い子犬をいじめる」夢は、ネズミのオモチャが白いから、そのイメージの転化だったんじゃないかと思い当たる。

 で。

 今夜は、助監督時代の夢を見て、ヒジョーに苦しかった。苦しいのは決まって、市川組時代がネタになっている夢。他の組(数えるほどしかやっていないが)のネタはほとんど出てこない。決まって登場するのは市川組のネタ。

 今回も、仕上げ段階で、編集のOさんに頼まれたことをやるのに走り回るのだが、ツメが甘くて(報告・連絡・相談のいわゆる「ホウレンソウ」がきちっと出来なかった)ミスってしまって、先輩助監督のT氏に助けて貰って窮地を脱するという苦いもの。

 ああ、おれって、本当に助監督に向いてなかったよなあ、と目を覚ましてしみじみ反省してしまう。

 いや、市川組の場合は、並外れて緻密な仕事を要求されるのだ。中央官庁の官僚のような。彼らのように山のような書類を作ったりはしないが、監督の意向を正確に他のパートに伝えたり、監督の要求を正確無比に実行しなければならない。

 思い返すと、けっこうルーズなことをやっていて、冷や汗が出る。だから、時々夢に出て来るんだろう。悪夢として。

 そして、この悪夢は、今現在についても、「今やっている仕事をゆめゆめ疎かにするなよ」という警告なんだろうと思う。

 ううう。怖いよう。

本日の体重:今日も計るのを忘れた

本日の摂取カロリー:2208kcal

本日の消費カロリー:日常生活+α

« 尻に火がついているが、気功 | トップページ | 虚心坦懐にいきましょ〜! »

コメント

拙著のご紹介、ありがとうございます♪

実はわたしは、村上春樹は『ノルウェーの森』からあとは読めなくなってしまいました。その前の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』までは面白く読んでいたのですが。
なぜなのかと考えるのも面倒なので、そのままなのですが、考えたほうがいいのでしょうか……。
いや、やっぱり面倒だからやめます。

僕はそのずっと前に、リタイアしてしまいました。読み返してもいないのです。長編は「羊をめぐる冒険」まで本は持っています。
なんか、しっくりこなかったんでしょうね。物語があるようなないような、そんな感じだからでしょうか。ずっと読み返していないので……。今読めば判るようになっているのかもしれません。
エッセイはもう、貪るように読んで、何度も読み返してるんですが……。
筒井さんは「虚構船団」を途中まで読んで止まってしまったままです。

当初「世界の終わり」の続編を意図していたという「海辺のカフカ」がオススメです。

短いし。

「ノルウェイの森」が苦手という人は結構たくさんいますが、現在のあの部数を支えているのは
ホラー&SF系が好きな読者ではなく、むしろ「ノルウェイ」系の、ラブストーリーが好きな
人たちなんだと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/580951/57387239

この記事へのトラックバック一覧です: 「第4章」あがったが……:

« 尻に火がついているが、気功 | トップページ | 虚心坦懐にいきましょ〜! »

安達瑶の本

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

安達瑶のサイト