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2013年6月23日 (日曜日)

都議選・図書館・家で映画鑑賞

 7時30分起床。

 薄曇り。

 ジーンズなどを洗濯。

 日記を書いたりと、いつもの「朝のモロモロ」をやると、11時近くになる。

 都議選の投票に行く。

 いつも思うのだが、「浮動票」を軽佻浮薄で移り気でその場の空気に影響される信念もないダメな投票行為のように言う連中がいる。主として組織票が命の自民党とか公明党とかの政治家と、それらを支持する政治評論家どもだ。組織票というなら旧社会党の流れを汲む民主党や共産党も大いに当てにしているが、労組の支持だけでは選挙には勝てない。

 で、浮動票のナニがいけないのだ?特定の支持政党を持たず、政党の支持組織にも入っていない人が大半のこの世の中で、浮動票が選挙の結果を左右するのは当然であって、これはすなわち「民意」そのものではないか。浮動票を如何に掴むか。特定政党の支持ナシの人たちにどうすれば投票して貰えるか。

 それが選挙ってもんでしょ。組織票で決まるなら、こんな世の中、民主主義でもなんでもない。

 おれは、一方がダメなら有権者がもう片方に寝返って政権交代をさせる「小選挙区・二大政党制」のほうがマシだと思っている。死票は多いが、得票率と議席を正比例させる比例代表制は、小党分立状態になる。ヨーロッパを見よ。

 今の世の中、いろんな問題が複雑に絡まっているから、主張の違いで政党が分かれることが「主義主張・政策の違いを鮮明にする」ことになるが、「改憲・TPP・増税」の3点で考えが同じ人が集まると、小グループになってしまう。小党分立の場合、選挙の度に連立交渉をしなければならず、与党になるためのいろんな駆け引きが繰り返されて、結局は政局は不安定になる。

 ……まあ、与党内で内紛が起きて瓦解したのがこの前の民主党だったのだが、長い野党暮らしで、「最後は1つにまとまる」ことを知らない悲劇というか喜劇だったよねえ。自民党なんか、大きな離党騒ぎもなく(「新自由クラブ」や「さきがけ」や「小沢派」や「みんなの党」などの離党はあったとはいえ)自民党本体が瓦解するほどにならないのは、強固な「保守政党はウチ!」という意識と財界や地方の保守層の支持があるからだろうなあ。

 民主党はそこまで成熟できる前にバラバラになってしまって、最低最悪の政党というイメージを決定的にしてしまった。このイメージって、挽回できない気がする。しかし、強固な自民党に対抗する勢力として、民主党にはなんとか頑張って貰わないと困るのだ。まあ、民主党がダメなら、「みんなの党」でもいいんだけど。「維新の会」は、もうダメでしょ。参加メンバーに信念を感じる人が少ない。当選したいだけの、「当選すんるならどこでもいい」議員が藁をも縋る思いで移籍して、結局沈没する構図。

 まあ、政治家って大変だと思う。職業にするのは危険すぎる。生きていくためには信念や主義主張を曲げなきゃいけないだろうし……そんなことになるなら、政治家になる意味ないじゃないか。

 でまあ、落選するかも、と思いつつ、ある候補者に投票。

 その足で図書館に行って、足立区には所蔵していない本を文京区図書館から借りて貰った。ストラヴィンスキーを弟子のロバート・クラフトが質問攻めにした「118の問いに答える」。

 これは、名著だと思う。自伝よりストラヴィンスキーは客観的になっているし、ロバート・クラフトの日記風のモノは無駄が多すぎて読みにくい。

 「春の祭典」初演の夜の回顧は、とても生々しくて、ヴィヴィッドで、その混乱と怒りと憤りと満足感が手に取るように伝わってくる。

 本を借りて、上階のレストランでブランチ。グリル・チキンにトマトサラダを食べる。グリル・チキンについてきたソースが甘すぎるので、塩をかけて食べたが、これって「ヤキトリの塩」そのもの。でも美味しかった。トマトサラダは一人で食べるのは多すぎたが、もちろん、全部食べる。

 セブンイレブンでコンサートのチケットを発券して貰い、ついでにちょっと買い物をして、帰宅。

 NHK-FMを聞く、「松尾堂」は面白い。今日のゲストは「尾木ママ」と野々村真。おれは教育評論家・尾木直樹としてその著作とかをけっこう早くから読んでいたので、「おネエ言葉のヒト」としてテレビの人気者になってしまったのには驚いた。しかし、「おネエ言葉なら伝わることがある」というのは真理だろうなあ。松尾貴史が引き合いに出した「コント55号時代の欽ちゃんが二郎さんを虐めるのに、普通のやり取りだとキツ過ぎて受けなかったがおネエ言葉にしたらウケるようになった」という故事も、示唆に富んでいる。

 で、お待ちかねの「きらクラ!」。

 今日は公開生放送。生だと、ふかわりょうがいきいきしてるなあ!で、スタジオに集まったひとがまた、とてもハイレベル。というか、スタジオ向けに出された「きらクラDON」のお題が簡単すぎたと思うけど……答えが詳しすぎるのが凄くて笑った。

 メゾソプラノの歌手の方が、北関東の訛りがかすかにあったり、豪快に笑う「姐御」みたいでとても親しみを感じたり、マリンバの生演奏が素晴らしかったり(マリンバとシロフォンがどう違うのかで、シロフォンで「動物の謝肉祭」の一節を叩いて貰った時、うわ凄い!と思ったが、すかさず、ふかわりょうも「(凄くて)鳥肌立ちました!」と叫んだのには本当に共感)、遠藤真理さんとの共演で、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」をやったのは本当に素晴らしかった。

 

 で、途中で相方が来て、途中まで一緒に聞いたが、映画を観るので中断。録音をしているので後から聞こう。

 で、wowowで録画した、「だれもがクジラを愛してる。」(原題:Big Miracle)を見る。2012年のアメリカ/イギリス合作と表示されるが、製作はロンドンのワーキング・タイトルだから、実質的にはイギリス映画。だから、英国風の上質なユーモアでまとめられている。

 タイトルからすると、反捕鯨映画のようだが、そうではない。実際に起きたクジラ救出事件を題材にしているが、その「クジラ救出」は映画をまとめるものであって、この映画の主眼は、この事件によって一時的にでもいろんな人たちがまとまって、気持ちをひとつにして動いて、喜びをともにする、という部分だ。そして、それは、大成功して、感動的だ。

 映画の構造としては、ビリー・ワイルダー初期の問題作「地獄の英雄」(原題:The Big Carnival。Ace in the holeという題名もある)と同じ。映画の原題が似ているのは偶然か?

 「地獄の英雄」も、少年が穴に落ちて、その救出活動をラジオが報じて大騒ぎになって、その町や現場はカーニバル状態になって……という展開。しかし、シニカルな映画ばかり作っていた時代のワイルダーだから、中身は超シニカルで、大騒ぎになりすぎて、本題の「少年救出」なんか、もはやどうでもよくなった人たちをアメリカのマスコミやアメリカ人のあり方とWらせて辛辣に描いたので、ヒットせず酷評されて、長らく失敗作という烙印を押されてきた。

 本作も、まあ、構造的には「地獄の英雄」パターンなのだが、決定的に違うのは、みんなが右往左往しつつ、いろんな思惑を秘めつつも、最後には、もうそう言うことは置いておいて、クジラを救いたいという思いで敵も味方も一緒になって力を合わせる、と言うところ。

 実話が元になっているとは言え、脚本が上手い。

 第1報を取材した地元のテレビ記者と全国ネットに進出したい野心的な女性キャスター。グリンピースの女性活動家、アラスカでの石油開発をしたい石油会社の社長夫婦、選挙を控えて票が欲しい大統領とそのチーム、彼らに命じられて再表記を空輸しようとする州陸軍のパイロット、氷を溶かす機械を売り込みたいミネソタの零細企業家、冷戦末期のソ連の砕氷船、そして……地元でクジラ漁をなりわいにしてきたイヌイットの人たち。

 この映画が素晴らしいのは、決して一方的な主義主張を押しつけていないこと。そして誰かを批判していないこと。

 いろんな批判的要素を盛り込んでいるが、お互いの意見や立場を上手く搦めて、ユーモアとして消化しているところが、素晴らしく上手い。神業に近い。この辺、イギリス映画ならではの音なの手腕だ。アメリカ映画だと、どうしても、一方の主張をヒロイックに歌い上げてしまう。

 イヌイットの人たちの、クジラ漁の歴史と文化、そして、クジラについて知り尽くしていて、クジラで我々は生かされているという畏敬の念を、きちんと描いている。そこがいい。だけど、今それを主張すると袋だたきに遭って永久にクジラが捕れなくなってしまう、と言う現実的な判断も見せる。

 石油会社の社長も、強欲な嫌なヤツとして登場するが、その強欲さはそのままでも、「人間としてはとてもイイヒト」として描かれる。

 ゴリゴリの環境活動家(唯一のスター。ドリュー・バリモアが魅力的に演じる)も、ただゴリゴリで理屈を振り回すうるさいヤツではなく、地道に極寒の中、なんとかしようと奮闘する姿が、いじらしい。

 テレビ記者も、アラスカを出て、もっと大きな町で活躍したいと思うが、この「クジラ救出劇」で見た、地元の人たちの温かさに感動して地元に残る決意を固める。これはまあ、おきまりの展開ではあるけれど、この展開に文句を言うヤツはいないだろう。

 ワイルダーは辛辣に描いたが、この作品はとても温かい。北極園の極寒の地で暮らす、温かな人たち。もちろんお人好しではなく、押し寄せた「余所者」から、がっぽり金を毟り取るのだが。

 ガチャガチャした登場人物を見事に捌き、絡ませ、対立させ、和解させ、きれい事には描かないが、人たちの善意を温かく見つめる。反捕鯨の主張も見せるが、クジラで生きているイヌイットの姿もきちんと見せる。

 なんとも素晴らしい構成であり、演出だ。ドリュー・バリモア以外はみんな(日本では)無名の俳優たちで、それがこのドキュメンタリー的でユートピア的な映画のリアリティを高めている。

 とても感動した。小品だけど、素晴らしい映画。愛すべき映画。

 捕鯨産業の維持だけのためにやっている南氷洋での「調査捕鯨」には絶対反対だ。それで取った鯨肉は余っている。調査のためにそんなにクジラを捕る科学的根拠なんかない。捕鯨産業を維持するためだけに税金が使われている。

 しかし、沿岸捕鯨は違う。その地域の文化と伝統を完全否定するのは僭越だ。C.W. ニコルは日本の捕鯨を擁護したが、それはあくまで大昔から続いてきた沿岸捕鯨についてだけだ。

 他所の国で犬や猫を食う食文化があることは、否定してはいけないと思う。犬や猫が大好きなおれとしては、絶対に食いたくもないが、犬猫食の伝統がある異文化を頭ごなしに否定するのは、いけないことだと思う。それと同じ事を捕鯨について考える。

 ほうれん草とベーコンのスパゲティを作って、相方と食べ、相方は帰る。その直後に雨が降ってきたが、相方は濡れずに帰れただろうか?

 その後、眠くなって、ちょっと寝たら、もう20時。

 「八重の桜」を見て、開票速報。

 今回、自民党が圧勝するのは仕方がないと思う。で、維新の会が惨敗したのはいい気味だ。橋下はやり方を間違えた。自分の考えをごり押ししようとするのは嫌われる。イシハラや古参議員たちの右翼ぶりも嫌われた。惨敗は当然だ。

 民主党も1/3になってしまったが、これも、仕方がない。あれほどの大失敗をして、信用を失ったんだから。政権与党があんな幼稚な内部分裂を起こすようじゃ、お話にならない。

 東京都議会であそこまでの失敗はしていないと言うが、影響はモロに受けて当然。この立て直しは容易じゃないと思うが、方策はあるのか?

 風呂に入り、涼みがてらコンビニに行き、オニギリと魚肉ソーセージを買って、食べる。

 0時過ぎまで開票番組を見て、全議席が確定して、おれが投票した候補者が無事に当選したので、0時過ぎ就寝。

本日の体重:計るのを忘れた

本日の摂取カロリー:2004kcal

本日の消費カロリー:日常生活+α

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