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2013年12月 3日 (火曜日)

悪の法則

脚本:コーマック・マッカーシー 監督:リドリー・スコット

TOHOシネマズ錦糸町にて

「良い子は麻薬密売に手を出さないようにしましょう」

 という啓蒙映画&教育映画。

 是非ともこの映画を少年院や刑務所で繰り返し見せて、麻薬密売ネットワークを壊滅させて戴きたい。

 終わり。

 という感じ。

 とにかく、「ちょっとした儲け話」のつもりで、かなり気楽に参加した弁護士が味わう地獄を、とことん描く。

 主人公の弁護士は、麻薬ビジネスにおいて何をしたのかよく判らないのだが、「出資」してその利益の分配を受けるということだったのだろう。

 主人公は仲買人のブラッド・ピットに繰り返し「この商売は怖い」「気軽に考えているなら、手を引くのは今だぞ」と繰り返し忠告する。

 麻薬ビジネスの話を持ってきたのは友人の実業家(と言うより山師みたいな感じ)のハビエル・バルデム。大雑把なだみ声オヤジぶりがすこぶる巧い。主人公はこのオヤジから「巧い儲け話」として一口乗らないかと誘われたらしい。

 で、主人公はペネロペ・クルスに求婚してラブラブ状態。だみ声オヤジもキャメロン・ディアスにメロメロ状態。

 カネは持ってるが品はないような連中に影響されて、ちょいワルを気取って金を稼ぎたい主人公。

 ここまでが結構長くて、けっこうダレる。「とにかく怖いらしい」という前評判が全然効いてこない。

 あれ?もしかして、リドリー・スコット、やっちまったか?

 と思っていたら……。

 刑務所に入っている女の息子がバイクのスピード違反で捕まってしまった。400ドルの保釈金を積めば出てこれるんだけど……という相談を受けて、まあ近々カネも入るし、その息子も大金を持ってるらしいから、どっちに転んでも小銭は稼げると判断して、その息子を保釈させてやったら……。

 たったそれだけのことが、彼と、彼の周囲の人間全員を地獄にたたき落とす。

 メキシコからアメリカに向けて輸送中の麻薬を満載したトラックが行方不明になって、それには主人公が保釈させた男が絡んでいる(麻薬の横取りを狙う一味の仕業)。

 要するに、買い主のところに麻薬が届かなかったので、麻薬カルテルとしては、今回の取引に関った者全員を抹殺することに決まったのだ。

 さっさとトンズラを計るブラッド・ピットにハビエル・バルテム。そして主人公のフィアンセ、ペネロペ・クルス。しかし、バルテムは殺され、クルスもひどい目に遭った上にゴミのように死体が捨てられ(死体が捨てられるところだけ描写)、ブラッド・ピットはロンドンに逃げおおせたと思ったら、路上で惨殺される。

 なんとか助かろうと麻薬カルテルに詫びを入れようとする主人公だが、いろんなルートを使っても「駄目なものは駄目」……。

 たしかに南米の麻薬カルテルは、やることが凄すぎる。麻薬を取り締まろうとしていた捜査官はバラバラ死体が並べられていたり、検事や裁判官も惨殺死体や首吊り死体がディスプレイされていたり、美人検事か裁判官もバラバラ死体が街中に転がっていたりと、この世の地獄状態。俺たちには絶対触るなという強烈な警告だが、麻薬カルテルを壊滅させようと、各国政府も必死だ。

 だから……この映画で描かれることは、さもありなん、と思う。

 「ノーカントリー」(これも麻薬カルテルの恐怖を描いていた)の作家が書き下ろしたオリジナル脚本は、麻薬カルテルの恐ろしさはみんな知ってるよね、という全体で描かれているので、細かな部分の説明はない。だから観ていて「あれ?」と思う箇所が幾つも出て来るのだが……。

 キャメロン・ディアスは、こんな役をやってしまって、今後大丈夫か?と心配になるほど。大股開きで……というのもそうだが、彼女はもう異常性格者だ。

 ハビエル・バルテムはだみ声でガラッパチでアバウトなオヤジを優雅に演じていて、この人は達人だなあとしみじみと思う。しみじみと思う役ではないのだが。

 ブラピは、彼だけは難を逃れるんじゃないかと思わせるクレバーさを見せるが、一番残酷に殺される。

 ペネロペ・クルスは、たぶん、ブラピよりも酷いことをされて惨殺されたのだろうが、そのへんを一切見せなかった……見せない分、ナニがあったのか想像させて、怖ろしい。

 そして……すべての地獄のスイッチを入れてしまった主人公、マイケル・ファスベンダーは、地獄にやって来て右往左往する気の毒な存在。ほんの少しのデキゴコロが、こんなことになってしまうだなんて、予想もしてなかったよねえ……。不条理ではあるが、だから麻薬カルテルというか麻薬シンジケートは怖ろしい。その恐ろしさを大熱演。

 悪の側が吐くセリフが妙に哲学的で含蓄があるような深いような教養に溢れているような感じ。それが凄く違和感があるのだが、これはもちろん作者側の狙いのはずだ。異化効果というか、違和感を感じさせて、この映画の世界の非現実的な恐怖を出していたんじゃないか、と思う。

 リドリー・スコットは、前作の「プロメテウス」は、なんじゃラホイな出来だったが、この作品は凄かった。じわじわ迫ってくる恐怖と、直接、突然襲ってくる真っ正面からの恐怖の両方をこれでもかと描ききる。

 この映画を観れば、「麻薬なんか絶対に触りません!」と泣いて土下座して叫びたくなる。それは、サム・ペキンパーの「戦争のはらわた」を観て、完全な反戦主義者になったのと同じだ。

 これでもかと「その恐怖」を描かれると、もう、あたしゃノックアウトだ。

 欧米の評論家は賛否両論で否定的な意見の方が多いようだが、この映画はスゴイ、とおれは思う。なんせやっぱり、映像に力があるもの。圧倒的な力があるもの。

 この調子だと、リドリー・スコットはまだまだやりますな。

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