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2015年3月31日 (火曜日)

砧公園と世田谷美術館「東宝スタジオ展」に行った!

 7時過ぎ起床。

 快晴。

 今日は予定を変更して、世田谷美術館に「東宝スタジオ展」を見に行く。世田谷美術館のある砧公園も散策したい。

 で、朝のモロモロを済ませて、猫の病院と自分の病院に行っている相方からの電話を待つが、相方から「黒い報告書」の原稿が戻ってきていたので、チェックして担当U氏に送る。

 その後、厚切りトースト・薄切りトーストにマーマレード・ベーコンエッグのアサメシ。

 あんまり遅くなると時間がなくなるとヤキモキしていると、ほぼ予定時間の正午過ぎに相方から「今終わった」と連絡が。

 相方は病院から一番近い駅から電車に乗るというので、一番前の車両で落ち合う手筈にしてあったのだが、何故かおれが「一番後ろの車両」だと勘違いしてしまって、一番後ろの車両へ移動。

 しかし待ち合わせ場所の駅に到着する寸前に「一番前の車両」だったことを思い出し、駅に着いて、プラットフォームを走る。あいにくこの駅はプラットフォームがカーブしているので車両の先頭が見渡せない。

 しかし、なんとか間に合って、相方と乗ってきた電車に乗り直せた。ラッキー。

 ウチから用賀まで半蔵門線で1本。乗り換えなしでいける。しかし1時間かかる。東京を突っ切る形になるもんね。

 渋谷を過ぎて、池尻大橋・三軒茶屋と、昔、中目黒に住んでいた頃は馴染みだった駅を過ぎる。あの頃は中目を含めて「イケテナイ」街だったのに、おれが引っ越した途端にオシャレな店がたくさん出来て、芸能人とかがいっぱい来る街に変身してしまった。当時はバブル末期~崩壊直後で、渋谷から押し出される格好で周辺地域が再開発されたんだよね。

 昨夜から、モーレツに美味いチャーハンが食いたくて堪らなかったので、用賀で店を探しつつ砧公園方面に歩くが、店がない。すぐに住宅街になってしまった。

 

 それでも、第三京浜の高架近くにおにぎり屋さんを発見。他に店はないので、ここでおにぎりを買って公園で食べようかと思ったが、今日は風が強いなあと思ったら、店内にちょっとしたカウンターがあって食べられるので、店内で済ます。店内だと「セット」(味噌汁とちょっとしたおかず)とともに出される。おれはシャケと葉唐辛子のおにぎりをチョイス。実に美味しかった。ここは隠れた名店か。

 で、その店から少し歩くと環八。それを渡って、砧公園。

 平日だというのに、もの凄い人出。お父さんもたくさんいるけど、東京中の自由業のおとうさんが大集結してるのか?

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 ここにはたしか、映画「YAWARA!」のロケで来て以来。それ以前にも来たけど、あの頃は何にも無かった気がするなあ。いや、今日は桜が満開で圧倒的なので、そう感じたのかも。

 広大な公園には桜と人だらけ。

 ここの桜は地面まで枝が伸びているので、桜に包まれて花見が出来る。

 いや~凄い。桜並木は多いけど、こういう「圧倒的な桜」はそうそう無いと思う。

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 けっこう歩いたが、今日のテーマは「東宝スタジオ展」。

 もう15時近くなったので、少し焦って入る。
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 場内は写真撮影禁止だが、入口にはミニチュアセットとゴジラが。しかしおれは、「東宝が誇る大送風機」に目がいってしまう。セスナのエンジンを使った超強力送風機もあるんだけどね。
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 で、場内へ。

 「ゴジラ」と「七人の侍」をキーにした展示だが、PCL創立からの資料が集められているので、おれのようなモノにはもう、宝の山。当時の製作日報が残っているのが凄い。

 映画が斜陽になって、他社の撮影所がどんどん閉鎖されたり縮小される中、東宝だけはほぼ全盛期の規模を維持していた。所外にあったオープンセット用地は東宝ビルトになり閉鎖されたり、近隣にあった東京映画撮影所(元は技術研究所)もないし新東宝は日大商学部と東京メディアシティになっているが、本体だけは、円谷さん専用ステージがボウリング場になり日曜大工センターになった(今は他の会社のモノになっている)けれど、仙川の向こうは昔のまま。

 しかし、100億円をかけた大改造計画が終了して、特大ステージの8と9以外はすべて建て替えられた。まあ、第1や第2は昭和7年に建てられたものだし、他のステージも戦前に建ったものをそのまま使っていたんだからねえ。

 ステージの吸音材に畳が使われていたのは驚いたけど。

 ビデオで、昭和38年頃に作られた「東宝友の会の撮影所見学会」のPR映画がとても興味深かった。かなり編集されているので、成瀬組や岡本組、そして黒澤が「天国と地獄」を撮っていたりと10組くらいが平行して撮影中!みたいに紹介されていたけど。しかし当時の撮影所の様子が窺えて、実に面白い。

 同じ頃、大船には松竹、調布には大映と日活、大泉には東映の撮影所があってフル回転してたんだよねえ。今や松竹は東宝を使って撮影しているし、大映も日活も東映も縮小されてしまった。

 しかし撮影所の食堂(サロン)は美味しかったねえ。ニュートーキョー系のレストランで今も同じ味が楽しめるけど。

 三船さんの葬儀の際の黒澤さんの弔辞の直筆も展示されていたが、その字が市川さんに似ていて丸っこかったのは驚いた。黒澤さんはもっと角張ったゴツイ字を書く人だと思い込んでいたのだ。

 写真を撮っていいのなら山ほど撮っただろうが、禁止だから記憶に焼き付けるしかない……と思ったら分厚い目録のような本が出されていると知ったので、売店で買う。

 映画全盛期を過ぎ、退潮期を迎えて、東宝撮影所は閑散としていた。

 おれが市川さんの弟子になって東宝撮影時に出入りするようになった頃は、ほぼCMだけが撮影されていた。あと、アメリカ映画の「ミシマ」とかも撮ってたねえ。

 こんな凄い設備をどうして遊ばせておくのか疑問だった。日活の撮影所は角川映画や他の映画でごった返していたのに。

「東宝は使用料が高いから使えない」

「東宝のスタッフを使うと人件費が大変」

 ということで、安い日活ばかり使われていたのだ。

 東宝撮影所は新規採用がなくなって久しくて、「社員が定年になっていなくなるのを待っている。いなくなったら撮影所は取り壊す予定なので、設備も新しくしないで昔のマンマで使っている」と言われていたのだ。

 たぶん、そうなんだろうなあと思った。とは言え、みんなロートルだとチカラ仕事が必要な美術や照明部は仕事にならないので、若手がアルバイトや契約として少数雇われていたし、おれのようなフリーも作品ごとに出入りしていたが。でも、東宝のスタッフは総じて高齢だった。特に照明部。みんなおじいさんばっかり(25歳の若造からすればみんなそう見えたのだ)で、ついついライトを運んでしまって「お前は助監督だぞ」と怒られたりした。

 まあ、そんなこんなを思い出しつつ見入っていたら、当然、相方はそんな思い入れはないので、どんどん先に行ってしまい、予告編上映コーナーで座っていたが……。

 しかし、おれは、だからと言って見学を切り上げられない。

 見たいモノだらけだもんねえ。

 予告編も、最近の映画は見たくないが、「生きる」から「エレキの若大将」「日本沈没」あたりまでは見たいので、二度目になる相方と、予告編鑑賞。イーストマンカラーの「宮本武蔵」や「日本誕生」の映像は瑞々しくて驚く。

 というか、自動現像機を使うようになって画質は安定した。東宝はもともと技術の会社だったから、戦前の作品も技術的にはしっかりしていたけれど、手現像時代はやっぱり不安定なのよね。

 で、予告編を見ていて、しみじみ思ったのは、「ニッポン無責任時代」で颯爽と登場した植木等扮する「平均」(たいら・ひとし)のキャラクターが空前絶後のウルトラ画期的な、前代未聞だということ。サラリーマン映画が持ち味の東宝だからこそ、以前からのサラリーマン映画を根底からひっくり返す無責任男の登場は、ショッキングというか、大事件。こんな強烈なキャラクター、その後登場していないと思うが。平然と遅刻して「いいからいいから」とヘラヘラしている「C調男」は、青島幸男が作り出したらしいが、いやあ、考えれば考えるほどに、超弩級に物凄くユニークな唯一無二なキャラクターだよなあ!

 昼休みに社員たちが屋上でバレーボールをやっていて、自分のところに飛んできたボールを返してやらないで道路に投げ落すギャグの鮮烈さは一生忘れられない。

 しかしまあ、このキャラも、「無責任時代」「無責任野郎」の2本だけで、ここから始まる「日本一の**男」シリーズになるとすっかりルーティーン化してしまい、新味のないマンネリ男となってしまったのだ。と言いつつ、おれはずいぶん封切りで見てるんだよね。クレージーモノもかなり封切りで見たし。

 思えば……東宝の映画は「社長」も「駅前」も「若大将」も「怪獣」も「8.15シリーズ」も、ずいぶん見たよねえ。松竹は殆ど見なかったし、東映は「まんがまつり」だけ。大映はエロ成分が増えてきた頃だったし(「でんきくらげ」「しびれくらげ」はこっそり観たぞ)日活はまだ興味外だったし。

 だから、子供の頃は映画と言えば東宝、だったので、その東宝撮影所で働けることになって、本当に嬉しかったねえ。広い撮影所で作られているのは市川組1本だけだったりしたけど……。

 とても充実した素晴らしい展示だったのに、残念なことが1つ。

 最後のコーナーの展示で、昔の機材が並んでいた。NCミッチェルについてはもっと詳しい説明が欲しかったが、まあいい。

 しかし編集機材にはガックリした。

 どうせならムビオラを展示して欲しかったのだが、35ミリの横駆動のサウンドヘッド付きビュワーと6連シンクロナイザーが並んでいたが、だれがセットしたのか、ビュワーの受光部にラッシュ・プリントが通らずにサウンドヘッド上にあった。で、磁気を塗った「サウンドフィルム」は遊んでいた。

 これじゃあまるで意味がない。

 あまりにひどいというか、ここまでキチッとした展示が並んでいたのに、残念至極。

 近くに居た係の人を呼んで、このセッティングは間違っていると説明をしたのだが、伝わったかどうか……。

 というか、東宝関係者も見に来たと思うのに、誰もこの間違いを指摘しなかったのか?それとも最初はキチンとセットしてあったのに、誰かが悪戯してしまったのか?

 2階の「東宝スタジオに関った画家たちの展示」も見ていると、「そろそろ閉館の時間です」というアナウンスが流れたので、慌てて売店へ急ぎ、この展示の分厚くて立派な目録を買う。

 この本には、1941年頃の砧撮影所の見取り図のような絵が載っていて、なるほど戦前はこういう姿だったのか、ととても興味深い。戦後の昭和30年代初頭に特大ステージとダビングルームが出来る前は、仙川の向こうはオープンセット用地だったのね。

 黒澤が「こんなダビングルームじゃ仕事が出来ない」とステージを使ってダビングしたという、旧ダビングルームは旧正門のスタッフルームの裏にあったのか~。

 こういう撮影所の昔の姿を知りたいのだ、おれは。京都の撮影所に関しては、立命館大学がいろいろ資料を収集していて、大映京都撮影所の偉容については知る事が出来るが、東京に点在していた撮影所に関しては、誰か学術的に研究してるんだろうか?古くは向島や巣鴨にも撮影所はあったのだ。

 1回じゃ足りなくて、おれだけでも日を改めてまた来ようかと思ったが、ほぼ全部を見学出来たので、まあこれでいいか。

 堪能した。

 大満足。

 やっぱり、おれは、映画が大好きなんだよなあ。

 砧公園から、石畳というか瓦を敷き詰めた「いらか道」をゆっくり歩く。カッコイイ住宅が建ち並び、桜も満開で、実にいいところですなあ。以前とはまったく様変わり。

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 用賀駅近くのビルにある「とんかつ茶漬けのすずや」に入り、相方はトンカツ茶漬けを、おれは海老フライ・メンチカツ・ヒレカツの盛り合わせ定食に豚汁を食べ、ジャーマンポテトをサイドで取る。

 いろいろ喋って、けっこう長居してしまった。

 半蔵門線で帰宅。

 帰り着いたら21時を過ぎていた。

 くーたんにご飯を出し、機嫌を取って、録画した「サラメシ」を見たりしていると、風呂もシャワーも面倒になったので、1時頃就寝。

今朝の体重:89.15キロ

本日の摂取カロリー:2132kcal

本日の消費カロリー:414kcal/9865歩+27kcal(自転車)

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