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2015年4月 6日 (月曜日)

味園ユニバース(の感想)

監督:山下敦弘/脚本:菅野友恵

大森キネカにて

Misono

 実に不思議な映画で、見終わってしばらく経ってからじわじわと得体の知れない感動(というのも妙な表現だが)が込み上げてくる。

 和田アキ子の往年の名曲「古い日記」がキーになる曲として使われていて、その歌詞を読み返していると……。

 この作品は「幸せって、なに?」と問いかける映画ではないか、と思えてきた。監督の言葉にはそういう表現はなくて「カラッポのダメ男を見守る母性の話」と言っているけれども。

 関ジャニって、もっと若い、まだコドモのグループだと思っていた。その中でも一番人相が悪くて目がキツい印象なのが、渋谷すばる。でも彼は33で、おじさんだ。ジャニーズのアイドルはみんな高齢化が進んでいるんだなあ。

 で、その渋谷すばるのガラを生かして短髪にしたら、余計に凄みが出て、世をすねた「行き場のないパワーの使い道に困った男」を物凄くリアルに表現している。根っこは真面目で優しい男、というのがニクい。

 そして驚いたのは、その歌唱力。のっけにアカペラで「古い日記」をドスの効いた声で歌った瞬間、おおお~っと思った。そして、この映画の世界に引き込まれた。

 この男は刑務所を出てすぐに襲われて記憶を無くす。映画は、この男の記憶の回復を追っていくのだが……いきなり血みどろ。

 うわ~と思っていると、暴行を受けて記憶を失ってしまった男は、バンド「赤犬」の屋外イベントに乱入して「古い日記」をアカペラで歌ってぶっ倒れる。この「赤犬」のマネージャー兼歌詞スタジオの経営者・カスミは、放っておけなくて家に連れて帰って知り合いの女医に治療して貰い、自分の家に住まわせるが……。

 大阪ミナミの外れ付近らしい街の暮らしが、なんだか、懐かしい。カネはないけど楽しく暮らせる所、という感じで、妙にユートピアみたいに感じる。玉子焼のご飯を食べていれば、とりあえず生きていけるし、玉子焼だって美味しいし、みたいな。

 無風でぬるま湯みたいだが、それなりに平穏で、平和な日々。

 妙なオッサンの集団「赤犬」は、半分趣味で音楽パフォーマンスをやっている仲良しグループで、この感じも、なんだか、イイ。こんな生活、いいよねえ。

 カスミが急死した親から引き継いで経営している音楽スタジオが、これまた不思議な空間で、近所のおばちゃんがカラオケしに来るかと思えば、アマチュアバンドの練習場になったり。設備も不思議で、プロの録音スタジオに備え付けられている豪華な32チャンネルか48チャンネルはあるミキシング・コンソールがあったり、放送局放出品みたいな古くて頑丈そうなミキサーがあったりと、録音機材の博物館みたいな感じ。やたらゴツいコネクターとぶっといケーブルで接続された古い古い機材もあって、なんかすごく興味津々。

 男は、音楽に触れる毎日の中で、音楽の才能を開花させていく。

 

 しかし、「ポチ男」と名付けられた男は、次第に記憶が戻ってくるが、その「過去」は思い出さない方が幸せなものばかり。

 根は悪い男じゃないのに、どうしてそうなったんだろうとカスミとともに観客も思うが、それについての答えはない。ヤンキーになってそのままやさぐれてしまう男って、本人もうまく説明出来ない葛藤とか衝動とかがあるのだろう。ヤンキー経験の無いおれには判らない世界だが。

 しかし、ヤクザの世界の方がスリリングで、おっさんバンドで歌っているより自分の性分に合っていると思ったポチ男こと茂雄は、元のヤクザの世界に戻っていくが、ボスに裏切られて……。

 ほんと、幸せって、なんだろうね。

 見ている最中は、激動の展開(でもお話自体は波瀾万丈でもなんでもないけど、一個人としてみたら、おおいにジェットコースター的展開だ)と渋谷すばると二階堂ふみの魅力、そして「赤犬」のオモロさに目を奪われるばかりだったが、時間を置くと、じわじわと、このテーマ(あくまでおれの想定したテーマでしかないけど)が頭の中で点滅して、それを考えていると、妙に涙が湧いてくる。

 この映画に出てくるのは、ヤクザのボス(お笑いコンビ「天竺鼠」の川原。凄みがあった)以外は上昇志向も無く、マイペースで、いい意味での個人主義。他人はどうあれ自分が幸せだと思える生活が出来ればエエやんか、という生活は、それはそれで素晴らしいし憧れる。余計な事を考えなければ、とてもラクでストレスのない生活だろうなあと思う。

 いやしかし、大阪ミナミに行けばそんな暮らしが出来るというわけでもなく、この映画のマジックに引っかかっているだけなのだが。

 でも、そう思ってしまうほど、この映画に描かれる大阪は、不思議な街だ。ワンダーランドだ。日本じゃない異国のようだ。アジアのどこか、という感じもする。

 明治以来、日本は「奪亜入欧」で頑張ってきたけど、日本はアジアなんだから妙な無理しないでアジアであることを受け入れればもっとラクになるのに、という「悪魔の囁き」(?)が聞こえる気もしたが、この映画は、そこまでのことを描くつもりはないはずだ。これは勝手なおれの思いでしか無いけど。

 山下敦弘の演出は、役者の持ち味をナチュラルに引き出していると思う。奇をてらわず作為も感じさせず、とても自然体。だから、登場人物が全員、とてもリアルで、本当にあの街に行けば居るんじゃないかと思わせる存在感を見せている。

 脚本も、とても自然な展開で(ラストの窮地をどうやって脱したのか?というギャグのような疑問もあるけど)好感が持てる。なんか、暖かい感じが伝わるのがいいのよね。

 録音は、ライブ音源を駆使して、なかなか大変なことをやってるんじゃないかと思った。サラッと見てしまうが、この映画は裏方が相当苦心惨憺して結果を出したのではないかと思う。こういう「音楽映画」は、音の処理が難しい。昔みたいにプレスコをしてしまえば簡単だけど、それじゃあライブ感が薄まってしまう。映っている歌う姿が発する歌声が使えれば一番いいけれど、いろんな条件的にそれを使うのはなかなか難しい。しかし今回は、本番の音声をそのまま使っている部分が多いと思う。もし使っていないなら、ダビングの際の音の処理がとてもうまくいった結果だと思う。

 こういう「意欲的な小品」がたくさん出てくると、日本映画の底上げにもなるしスタッフの力も付いて日本映画界の体力も付く。ほんと、一時の衰退ぶりが嘘のように、今の日本映画は元気があると思う(と言ったら、「ホントにそう思う?」と編集技師のA氏に言われてしまったけど)。

 インディーズ出身の監督の活躍ぶりは、とても眩しい。

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