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2015年9月 1日 (火曜日)

ソ満国境 15歳の夏

脚本・監督/松島哲也

横浜シネマリンにて

 映画を観るときの常で、あまり予備知識は仕入れず、白紙で見ようとしたが、チラシは読んだので、「ソ満国境近くから必死で逃げる少年達の悲惨な話」……という先入観ができてしまって、見るのにかなりの覚悟が必要だった……。

 しかし!その先入観は大きく間違っていた。

 「当時15歳の少年たちが突如攻め込んできたソ連軍から逃れて満州の大地を逃げる」物語なのだが、戦争の悲惨さを訴えることよりも、「人間の手はひどいことも出来るが、人を救うことも出来る」ということを、静かに、しかし力強く訴える映画だった。

 人間、困り果てているときに救いの手を差し伸べてくれた喜びと感謝の気持ちは一生忘れない。それは普遍の真理だと思うが、戦争という極めて困難で激しい対立がある時に、その恩を受けたなら……それは一生を変えてしまうものになりうる。

 「ビルマの竪琴」に通じるテーマだが、この作品は、それだけでは終わらない。

 この『過去の話』を、現在の中学生がビデオ作品にまとめていく、というもう一つの物語がある。彼らは福島第一原発の事故で故郷を奪われた人たちの子供だ。

 以前、彼らの先輩が作った作品に感動して機材と取材費と渡航費を持つから、という中国の篤志家の招待に応じて旧満州に渡る彼ら。

 満州で生まれ育った少年達は敗戦ですべてを失ってしまった。それは原発事故ですべてを失い、しかも自分たちの土地にすら帰れない福島の人たちにも、その意味は重なってくる。 

 これは、現代にもつながる作品なのだ!

 「国家」は平気で「国民」を捨てる。軍隊は市民を守ってはくれない。

 それは今も同じ事ではないのか?

 そういう問題を、どうしても考えさせられる。

 だが、この重い問題を見つめる松島監督の目差しは、優しい。

 彼はおれの大学の同級生だが、学生の頃のとんがった厳しい姿が信じられないほど、優しい目線でこの大きな物語を描いていく。

 かなり厳しい条件で、幾度となく製作中断を強いられた、苦難を経て、この作品は完成した。それだけの苦労をしても、完成させるべき作品だと思った。

 見終わった時に流れた涙は、戦争への怒りの涙ではなく、温かな感動の涙だった。

 ラストの方に出て来る、原発事故で突然避難を強いられて、何もかも失った人たちの数カット。あの映像だけでも、満州でのことは遠い過去の事ではなく、今に続いているのだ、今も問題の根本は変わっていないんだぞ!という強いメッセージを受けとった。

 そして、そのメッセージというかテーマがあるからこそ、この作品は、より深く、重層的な感動をもたらし、過去と現在を繋ぐのだと思った。

 旧満州に残って中国人となった篤志家を演じた田中泯が圧倒的。この人の言うことは自分の肉体から出た言葉だからすべて正しい、と思わせる強い説得力がある。静かな演技だからこそ、その胸の奥にある熱いものが激しく迸る。素晴らしい。

 少年達の教官を演じた金子昇も、ただ厳しいだけではない、真っ当で生徒思いの素晴らしい教官を骨太に演じて、いい。

 夏八木勲はもう、「フィールド・オブ・ドリームズ」のバート・ランカスター状態で、ただ立っているだけですべてを物語ってしまうほどのオーラを放っていた。無事に帰還した少年の「今」の役で、原作のとなった本を書いた人物という設定なのだが、なんというかねえ、この説得力は何だろうねえ。同級生の上田耕一も小林勝也も味わい深いんだけど。

 この映画は、見て良かった、としみじみ思う。

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