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2017年1月17日 (火曜日)

1月17日/阪神大震災から22年……

 7時過ぎ起床。

 快晴。

2

 発売中の「月刊ジェイ・ノベル」2月号に、拙作「悪徳探偵Ⅲ/颯跋祭(さつばつさい)」が掲載されております。昔からある伝統のお祭りに、ある種の「濃い人たち」「勘違いした人たち」が興味を持って現場は大混乱……というオハナシです。是非お読みください。

 本日は、阪神大震災から22年。

 昨日のことのように鮮明に覚えているが、22年経つと、知らない世代が多いという事実。

 三ノ宮駅が潰れ、阪神高速道路が倒壊し、街がほとんど燃えてしまう恐ろしい光景も、風化してしまうのか……。

 あんな恐ろしいことが本当に起きるのかと信じられない気持ちだったが、その後、違うタイプの恐ろしいことが起きた。

 世界中で、地球は活動期に入ったのは間違いないと思う。

 

 朝のモロモロを済ませて、アサメシはトースト、コーンフレークにゆで卵、コーヒー。

 先日書いた「瓶ビールを目上の人に注ぐマナー」について、コメントを戴いた。

「ラベルを上に向けるのは、『「正面を気にする和(原文では「和食」)の文化』」

 不勉強なので、日本には正面を気にするという文化の伝統があると知らなかった。それがビールのラベルにまで及ぶというのは正直、驚きなのだが、そういうことを気にする人が存在する以上、目上の方や尊敬する方に瓶ビールを注ぐ際には気をつけようと思う。

 ご教示、感謝致します。

 仕事開始。

 昨日貰った講談社文庫のゲラをやる。

 書き直し2ヵ所をどう処理するか、考える。

 チェック箇所だけ見て、昼過ぎには終わる。どう修正するか、それが今回のメインテーマ。

 祥伝社の原稿に戻る。

 

 14時を過ぎて、腹も減ってきたので、外出。

 まず、くーたんのサプリを買いに行ったら品切れ。明日入ると言うので出直す。

 どこかで何か食べようと思ったが、スーパーで買い物ついでに弁当を買ったので、それで済ますことに。

 帰宅して、買ってきた「明太子海苔弁当」を食べる。

 食後、仕事再開。

 あと少しで「第1章」が終わる。かなり時間がかかったが、基礎工事を兼ねているので、そこそこ時間は必要だった。

 「5時に夢中!」を見る。岩下さんが「大人の作法」という本を書いた。作法については、知っていて無視するのと知らないで禁を犯すのとでは大きな差がある。断片的知識しか持ち合わせていないので、ちょっとこの本を読んでみるか。日本の伝統文化に造詣の深い岩下さんの書いたものだし。

 今夜は相方とウチで打ち合わせ。白菜があるので、鍋をする。

 「豚バラ白菜のミルフィーユ鍋」にしようかと思ったが、面倒なので、いつも通りの鍋にするが、今回は市販の「鍋のだし」は使わず、昆布と日本酒と鶏ガラスープ少々で。

 煮込んでいると、相方来訪。

 白菜から出る水分だけで煮込もうと思ったが、かなり時間がかかるので、途中で水を足す。

 食べながら、「書き直しの処理」について、検討。意見の一致をみる。

 その他、いろいろ話す。今夜は録画した映画は観ないで、解散。

 ゴミ出しして風呂に入り、録画した「月曜から夜ふかし」を見て、1時前、就寝。

今朝の体重:88.85キロ

本日の摂取カロリー:2075kcal

本日の消費カロリー:24kcal/637歩+56kcal(自転車)

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コメント

「ラベルを上」にするのは、小学校の理科の実験の時に「薬品がラベル側に垂れたら、ラベルの文字を消してしまう危険性があるから」という合理的な説明を受け、それが頭に染み込んで、今でも、ビールでもなんでも必ずラベルを上にする習慣が身についてしまっています。

阪神大震災から22年ですか。
そう考えれば、私が生まれたのは終戦後たかだか10年。今から考えると「戦争の記憶」は大人たちにとってはまだまだ生々しいものだったわけだと、今更ながら思います。

中村様:
コメント有り難うございます。
理科の実験ですか……。もう遠い昔のことなので、忘れてしまいましたが……。硫酸とか塩酸のラベルが傷むのはマズいですけど、それがビールにまで適用されるとは思っていませんでした。それならワインの習慣がビールに援用されたと考えた方が自然かと……。

たしかに、我々は戦争の記憶が無いわけで、同じように戦争のことを戦目に覚えている方から見れば、我々も、なんと無知な連中だろうと言うことになりますよね。やっぱり、肌で知ってるかどうかと言うことはとても大きいと思います。
逆に、肌で知っている者は、その記憶を後世にカタチ注いでいかねばならないのだ、とも思います。

「戦目」ではなく「鮮明」です。
「カタチ注いで」ではなく「語り継いで」です。
謹んで訂正致します。

ビールに関しては「私はそうだ」というだけで、一般性があるとは思っていません。

我々の世代は、親から「焼夷弾に狙われて逃げ惑った」とか「玉音放送を聴いた時は、何を言ってるかわからなかったけど、周りの大人に、説明してもらって、ものすごく嬉しかった」とか「戦後は食料がなくて芋の蔓を食べた」とか「もう戦争だけはごめんだ」という話を、いやというほど聞かされて育ちました。正直、ちょっとうんざりしましたが、「あんたらにはわからへんやろなあ」と言われると、「いや、そんなことない」と反発したくなった複雑な気持ちを思い出します。

中村様:
やっぱり、知識と実体験には大きな違いがあると思うので……。
戦争に関しては、知識でしかないし。僕も、親からは何度も聞きましたが。
それを言い出せば、阪神大震災も東日本大震災も、実体験はしていないので、エラそうなことは言えなくなりますが……。東日本大震災の時は、部屋の中がメチャクチャになったし、大きな揺れの恐怖とテレビでリアルタイムで中継された、あの恐ろしい津波の映像を逐一見た、ということで、「少しは体験した」と言えるかなあとは思いますが。

「知識と実体験には大きな違いがある」のは大前提ですが、僕らの世代って、それこそリアルタイムで「兵隊やくざ」とか、東宝の8.15シリーズとかを当たり前のように観てきて育ったわけじゃないですか。そうした作品の中には、戦争体験者が作品に込めたいろいろな思いが詰まっていて、我々は、そういう映画を見ることによって、津波の映像を見るよう「擬似体験」できたわけです。良くも悪くも、我々の思考が「焼け跡闇市派」の人々の考えにかなりの影響を受けていることは事実だと思います。でも、今は若い人たちに、そういう体験や思考を伝える人がいなくなってます。我々だって「戦争は恐ろしかった」と実体験としては、伝えられない。なんか言うと「辛気臭い自虐史観はやめてくれ」などと言われかねず、それにうまく反論できなかったりする。「想像力」を働かせて歴史に学ぶ、以外にはないと思うのですが。ま、偉そうなことは言えませんが。

中村様:
うん、たしかに、我々の世代は、「戦争体験派」「焼け跡闇市派」「疎開経験派」の考え方に強い影響を受けていますよね。昭和30〜40年代の戦争映画(「独立愚連隊」や「兵隊やくざ」)なんか、戦争に行った人たちが作ったものだし。
今の若い層に右寄りの考え方を持った人が多いようなのは、我々の世代が順繰りに次の世代に戦争というものについて語り継いでいないから、だとも思います。そのへんのことを考えると、ご指摘の通りだし、いろいろとジレンマを感じます。
実際に戦争を体験していない人間があれこれ言うのも説得力が無いので、腰が引けちゃったのがよくなかったんでしょうし……。
たしかに「想像力」の問題に行き着くのかもしれません。

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