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2017年2月18日 (土曜日)

2月18日/再校ゲラをやっと済ませて小津安二郎についてまたも考える

 目が覚めたら8時過ぎ。

 かなりの爆睡。

 曇り。

 朝のモロモロを済ませる。

 日記を書くのに、「東映セントラルフィルム」「セントラルアーツ」そして「日活撮影所」について、あれこれ調べてしまった。「日活撮影所」は、東宝スタジオが全面的に建て替えになったのと歩調を合わせるように再度の縮小。往年の1/3の規模になってしまった。以前、東宝のスタジオを使うのはとても高いので、東宝配給作品でも日活で撮ってたから、日活撮影所はとても混んでいてスケジュールのやり繰りが大変だった、と聞く。

 徳島ラーメン「白系」についても、いろいろ調べる。

 今回の帰省で久々に「岡本中華」の正調白系ラーメンを食べて、東京暮らしの方が長くなったおれの舌が、如何に東京人の「刺激を好む傾向」に染まっていたかを悟った。

 ラーメンでもなんでも「ガツンとくるかどうか」「濃厚かどうか」「スパイシーかどうか」が基準になるのは、明らかに刺激を求めすぎている。もっと日常の、穏やかな、毎日食べても飽きない味が欲しい。

 で、徳島白系ラーメンに一番近いのは「博多ラーメン」なのだが、今東京で評価されるのは「地元九州人が認める」味。これは、獣臭くないといけないし、とろみのある濃厚スープでなければいけないらしい。そして細麺。

 しかし、おれが求めているのは「獣臭くなく」「あっさり甘めの味」「非ギトギト」「中太麺」。

 東京には数軒の「徳島ラーメン」を出す店があるが、調べてみると、どこも「茶系」。いわゆる和歌山ラーメンの影響を受けて近年登場したもので、愛好者も多いが、おれが徳島にいた頃には存在しなかったモノなので、これは食べたくない。

 唯一「白系」が食べられた「代々木 可成家」はもうない。市ヶ谷に移転していると。正確には、市ヶ谷にあるお店のランチタイムだけ徳島ラーメンを提供していたが、それも終了してしまったと。

 今日、食べに行こうと思ったのになあ!

 ないのなら仕方がない。

 博多ラーメンで「獣臭くない」「あっさり系」な店を探すしかない。

 数軒見つけたが、こればかりは実際に味わってみないと判らない。

 これからはしばらく、時間を掛けてお店を探索するか……。

 ラーメンに詳しい方々よ!こんな私に、お薦めのお店をご教示ください!出来れば、東京周辺で……。

 お昼近くに遅いアサメシというかブランチ。

 ベーコンエッグの両面焼きに挑戦。うん、両面焼くとベーコンがいい感じに焼ける。サニーサイドアップだと、卵に合わせるとベーコンに火が通り過ぎてしまうのだ。

 それとダブルソフトのトースト。バター風味のマーガリンを切らしたので本物のバターを使う。バターは美味しいけど、なかなか柔らかくならないのがねえ……。トースターの上に切ったバターを皿に載せたけど、これもベストコンディションにならないし……。それとコーンフレークにコーヒー。

 講談社新作「奈落の花」の再校を再開。

 あと少しだが、ラストの大アクションとエンディングという大事なところなので、じっくりやる。

 今週は、祖母の死でお通夜と葬儀に出席するために急遽帰省して、再校ゲラもあったしで、「新・悪漢刑事」の最新作が進まなかった。相方の構成メモをじっくり読み込んで整理はしたが……明日からは怒濤の執筆に戻らねば!

 再校ゲラ、なんとか終了。

 もう一度見れば、また手を入れたくなるんだろうけど、もう封印。キリがない。

 その直後の夕方、相方と電話で話す。

 何の話からか小津安二郎のことになる。ああ、ヴィム・ヴェンダースの「ベルリン・天使の詩」をチラッと見た、という話からだ。この映画、やたらカッコつけていて、ベルリン市民はみんな重い人生を背負っていて深刻な顔をして哲学的に生きている、みたいなタッチで描いていて、おれにはそれがひどく滑稽で茶化し倒したくなる衝動を抑えられないのだ。こういうカッコつけたアート系の映画って、「おれって、アートしてるだろ?」みたいな作り手の自意識がミエミエで、もう、なんか、生理的にムズムズして大笑いしたくなる。こういう芸術性って、スノビズムの表裏だと思うし。

 それで、ヴェンダースが敬愛している小津の話になって、外国の映画人は小津を「いい意味で誤解してるんじゃないか」と言ったのだが、相方には理解されなかった。

 日本文化が好きな外国人は、日本文化を良い方向に誤解している部分がある。悪い方向に誤解しているんじゃないからいいようなモノだけど、その微妙な誤解がムズムズする。

 相方は、ヨーロッパ人は物事の本質を理解するから、というけれど、ヨーロッパの知識人が書いた日本文化の本とか日本映画の本を読むと、「あれれ?」と思う記述がけっこう出て来る。明示出来ないけれど。

 日本人だって、外国文化を大いに誤解して受け入れているんだから、似たようなものだろうと思うのだが。

 

 「アメリカン・グラフィティ」はルーカスの出世作でおれも大好きな映画なのだが、日本初公開当時、まだ舌鋒鋭かった小林信彦が、「日本人はこの映画を理解していない」というような文章をキネ旬に書いて、それを読んだおれはシュンとしてしまった。

 小林氏が指摘したのは……

・アメリカと日本の学制の違いというか夏休みの意味の違い。

・西部の高校生が東部の大学に進学する意味。

・ベトナム戦争が激化する直前の、「アメリカがアメリカ的に豊かでアメリカが白人の国だった頃」の特別な時期の話であること。

 で、「どこの国も、青春は同じだなあ!」という素朴な感想は、あまりに表面的すぎると批判した。

 おれは、この映画を熱愛しているのだが、それは表面的な理解だったのか……とショックを受けた。

 小林氏は、この映画が描いている時代をよく知っているし、アメリカ文化にも精通しているから、「アナタの言い分は違っている」とは言えない。まあ、氏はこの映画を否定しているわけではないのだが。

 そういうこともあって、外国映画もその一つである外国文化をきちんと理解する難しさに触れて、大学では比較文化とか異文化コミュニケーションを勉強したいと思ったりしたのだが……結局は映画への愛が勝ったのだが……。

 なので、外国人が小津の映画をどこまで「正しく」理解しているのか、おれには疑問だ。もちろん、日本人が気づかなかった視点からの理解もあるだろうが。

 で、この日記には何度も書いているけれど、おれは、(戦後の)小津が嫌いだ。特に「晩春」「麦秋」「東京物語」の3本は、どうしてもダメ。「小津調」と言われるモノすべてが嫌いだ。これはもう、生理的に受け入れられないので、「苦手」とは書かない。嫌いなのだ。

 小津安二郎を愛する人には申し訳ないが、ダメなものはダメなのだ。

 多くの人が愛して評価する小津だから、絶対におれの鑑賞力がダメなんだろうと、何度も見て、良い方向に理解しようとしたが……生理的な拒絶感が増すばかり。小津に関する本も読んだし高橋治の「絢爛たる影絵」も熟読したが……。

 笠智衆の演技と細かすぎるカット割り、イマジナリーラインの無視、編集、人物の位置関係といった、演出に関する部分がすべてダメ。

 こんなに拒否感を持ってしまうのは小津だけだ。

 戦後の溝口健二もダメなのだが、これはもう理由はハッキリしている。ワンシーンワンカットに固執して、映画の大きな武器である編集を放棄していること。寄ったり引いたり時間を飛ばしたり引き延ばしたり、といった映画ならではの空間的時間的なものを改変する武器を捨ててしまう利点がないと、どう考えても思うからだ。それは溝口を継いだ感じの相米慎治についてもまったく同じ。どうしてアップに寄らないんだ!とイライラする。そして時々wowowで全編ワンカットで撮るものを作っている三谷幸喜にも同じ不満がある。

 映画の武器である編集を、どうして捨てるんだ!

 「東京物語」の物語は、素晴らしいと思っている。脚本そのものは読んだことはないが、オリジナル脚本をほとんどそのままで辰巳柳太郎を起用したNHKのドラマを見て衝撃的に感動して涙が止まらなかった。リメイクがこんなに素晴らしいんだから、オリジナルはどんなにか凄いことだろう、と思って「東京物語」を見たら……。

 まるでダメだった。笠智衆と東山千栄子の老夫婦はどうして尾道に帰らないで邪魔にされ続けながら東京に長逗留するんだ、とイライラした。それは親として子供に復讐してるんだという説を読んでナルホドとは思ったが……。

 とにかく、小津の演出のすべてがダメだと言うことが、何度も見て自分の中でハッキリした。

 世界中の映画人が「映画史上の至宝」のように扱うこの「東京物語」や小津安二郎だけど……「海街diary」の監督、是枝裕和氏も、なんだかおれに近い感じを持っているようで……この作品のメイキングを見ていると「テーマ的にどうしても小津安二郎っぽくなってしまうんだけど、それだと人物が動かない。小津作品は『死者の世界』を描いているから」(不正確な要約)と語っていて、それを聞いて、おれは目からウロコが落ちた。

 そうなんだ、小津は死者の世界を描いているから、なんだか不気味で生理的にどうしても受け付けないんだ!

 小津と似た世界を描く成瀬巳喜男は「小津は二人要らない」と言われて松竹をクビになって東宝に移り、幾多の名作を作った。

 おれは、成瀬巳喜男が大好きだ。人物が生きているから。

 

 是枝監督は小津が嫌いだ、とは言っていない。この事は明記しておくけど。

 昭和30年代の松竹の監督会では、「松竹ヌーベルバーグ」全盛期で、小津はもう古い!ということになっていて、本人も「おれはオールドウェーブだから」と自任していたと。

 そういう松竹ヌーベルバーグを率いていた血気盛んな人たちも、トシを取って……ある時NHKで「麦秋」を放送したとき、みんな見て、シュンとなってしまったらしい。これも小林氏がキネ旬に書いていたことだが。

 おれも、もっとトシを取れば、小津安二郎が判るときが来るのかもしれない。

 まあ……一生判らなくても、いいんだけど。

 で……「小津調」を逆手にとったら、かなり怖いホラー映画、これぞジャパニーズ・ホラーが撮れると思うけどなあ。

 笠智衆が、子供たちの家庭を壊しに来る……。この笠智衆はもしかすると悪霊なのかもしれないが……。

 それほど、小津映画に出てくる笠智衆は、生きている人間には見えないのだ。他の映画の笠智衆は滋味溢れるいい役者なのに。

 てなことを喋って、日テレ「青空レストラン」を見ていると、寝てしまった。京都の水菜料理、美味そうだったのに……。

 で、夜は、上野に行ってあっさり系の博多ラーメンを食べるつもりだったのだが……。

 急に外に出る気が失せた。テレ東の「家、ついてってイイですか?」を見たかったせいもあるが。

 家にある野菜のキャベツとジャガイモで味噌汁を作り、徳島で買ってきたちくわとじゃこ天(これが「谷商店」のものではないので、あんまり美味しくない)で、ご飯。

 「家、ついてってイイですか?」は、やっぱり感動するなあ。福島・須賀川の酔うと老妻に泣いて感謝しまくる「亭主関白そうに見えるおじいさん」とか、静岡の大学生の娘と同居するシングルファーザーとか……。

 若いヤツを追うより、こういう「ある程度年を食った人たち」を追う方が、人生を感じて、感動する。

 そのまま「アド街ック天国」を見る。浜松。行こうとして順延したのだが、行きたいねえ。舘山寺温泉に餃子に鰻にメルヘン建築に浜松城。

 この後風呂に入り、出てから、録画した「バイプレイヤーズ」を見る。

 毎回、脚本が凝っていて、面白い。ゲストもみんな「やる気満々、絡む気マンマン」で、今回の竹中直人も面白かった!

 でも、松重豊の優しさが今回もなんか、強調されたなあ。滲み出る人徳なんだろうなあ。

 ラストでみんなに花を持たせるし。

 で、次回がまた気になるお話で……!

 「タモリ倶楽部」も見る。テーマはマンホール。

 最新型のマンホールに刻まれている数字の意味が判った!

 しかし昭和6年のマンホールが今も使われているとは!

 0時就寝。

今朝の体重:88.80キロ

本日の摂取カロリー:1707kcal

本日の消費カロリー:日常生活のみ

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コメント

たびたびすみません。白系ラーメンで思い出したのですが
20年ほど前まで、ご親戚宅の前の通りで徒歩1分もかからないところに
「岡本支店」(正式店名はわかりませんが、みんなそう言ってました)
がありました。まさに、岡本中華のご親戚がされていて
若干の味の違いがあったかもしれませんが、ほぼ岡本中華だったと思います。
安達Oさんが昔よく食べられたのは、ひょっとしたら「岡本支店」かもしれません。
叔父様にお聞きするとわかるかもしれませんね。
私(48才)の世代より上の世代は、みんな「岡本支店」のことを
よく覚えています。

堀越寺住職さま:
僕や、親戚の記憶では、「岡本」はもともとお書きの場所に店があって、今ある店に移転したのだ、と。でも、これは記憶違いなのでしょうね。「岡本支店」と呼ばれていたのであれば。
「岡本」は何度か移転しているようなので、「支店」が本店だった時期があるのかもしれません。「日の峰通り」まで食べに行った記憶もあるので……。
http://www.uma-e.net/ramen/about/
このサイトに、各店の歴史もチラッと出ています。
徳島市に住んでいた僕は、「八万や」や「銀座一福」の中華そばの味も懐かしいです。「一福」が今でも「白系」ならば、また食べに行きたいです。あそこの炒飯も好きだったので……。

ありがとうございます。
リンクのページ、相当詳しいですね。
小松島の戦後すぐの店名は初めて聞く名前ばかりです。
「松本」の前身まで書かれていますね。

お書きのように、「銀座一福」は、徳島市内出身の方が帰郷すると
必ず食べるという方が多いようですね。

堀越寺住職さま:
「銀座一福」は、高校生の頃、映画を観た後、ここでラーメンや炒飯を食べていた、懐かしい場所です。
卒業後に帰省したときに行ってみたら、ラーメンの味が変わっていたのにガッカリして、それ以降行かなくなってしまったのですが……。
次に徳島に行った時には、寄ってみようと思います。
しかし、徳島市内から映画館がなくなった(正確には1軒、イレギュラーな映画館があるんでしたっけ?)のは寂しい限りです。高校生の頃は飽田町のOSグランドや東新町の日活オスカー(ここは途中でロマンポルノに変わってしまった)東宝シネマや籠屋町の松映ピカデリー、徳島公園のほうの徳島ホールで洋画ばかり見ておりました……。

誤解があるようなので訂正。

×ヨーロッパ人は物事の本質を理解する
○東京物語には「文化を超えて」理解される物事の本質がある

と言いたかったのです。
私、別にヨーロッパ人偉い!の出羽守ではないので…。

一番印象に残るのは荒川の土手で、「おばあちゃんとこうしていたことも、きっと忘れてしまうのだろうね」みたいなことを、幼い孫に語る東山千栄子さん。

どんなに貴重な瞬間も時が流れれば失われ、記憶すら残らないかも…と思うと、とてもせつないです。

adachibさん:
「東京物語」のテーマや本質は理解しているつもりです。だけど、僕は、小津安二郎の演出がどーしても、生理的に合わないんです。
まあ、「晩春」や「麦秋」は、娘の結婚と老いていく時分というテーマで、自分には関係ないねえ、と思ってしまいますけど。
もっとあとになると、小津演出も緩んできて、妙な緊張感が消えて、見やすくなるのですが……。
この3本は、見ていると物凄く緊張を強いられるんです。これは、是枝監督が言った「死後の世界」「死人を描いている」からだと思うと、とても腑に落ちるので……。

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