« 6月8日/日本最長の路線バスに乗って、奈良・十津川村へ! | トップページ | 6月10日/日記を書いたり挨拶状を書いたり »

2017年6月10日 (土曜日)

6月9日/熊野古道ほんの少し・新宮・そして帰京

 5時ごろに目が覚めて、しばらく布団の中でiPhoneを見ていたが、6時ごろに起き出して、ホテルのまわりを散歩。

 ツバメが飛び回っている。

 鳥の鳴き声しか聞こえない。

 美味しい空気を思いっきり吸う。

Img_3055

Img_3057

Img_3058

 朝風呂に入って部屋に帰り、撤収の準備。

 10時前にチェックアウトしてタクシーを呼んで貰って、「果無集落」まで行ってみることにする。この「果無集落」は熊野古道の一部で、世界遺産の一部でもある。しかし人口が激減してしまって、数少なく残っている「おばあさん」が一部で有名な存在。

 年を取って山奥の不便なところで暮らすのは大変だと思うけど……。

 朝食は7時30分から。洋食と和食がチョイスできるが、和食にした。茶がゆが出て、川魚(名前を失念!)の干物、温泉卵など。メニュー的には特筆すべきモノでもないけれど、一つ一つの味が素晴らしい。卵は味が濃くて甘い。野菜も美味しいし……ほんと、美味しいものは人を幸福にする。ならば、世界最高の職業って、料理人じゃないか、と思う。もちろん、美味しい料理を作れる料理人、だけど。

 部屋に帰って荷造り。おれはすぐに終わるが、相方が済むまで、持ってきたMacBookAirを使って日記を書く。

 MacBookAirは確かに軽いし薄いけど、iPadには負ける。仕事が出来るかな、とチラッと思ったけれど、案の定、仕事はまったく出来なかった。夏の伊豆旅行にはどうしようかな?ただファイルを観て考えるだけならiPadで充分なんだが、書くことを考えると、iPadとMacBookでは勝負にならない。もちろん、圧倒的にMacBookの勝ち。

 相方の支度ができたので、チェックアウト。ロビーでタクシーを待つ。

 MacBookAirでメールをチェックして、仕事関係のメールの返事を幾つか書く。

 キャットシッターさんの報告が入っていた。

 くーたんがトイレで大をしないのは、猫砂を嫌っているせいではないか?別の猫トイレにペットシーツを敷いてみてはどうでしょう?という提案があった。実行してみよう。

 10時ジャストにタクシー到着。元バスの運転手さんで、村のあれこれを案内してくれながら、「果無集落」へ。

 村の人口が半減してしまったとか、ダムがたくさんできて川の水量が激減してしまったとか、2011年の大水害で上流から大量の土砂が流れてきて河原の様子がまるで変わってしまったとか、いろいろとお話を伺いながら、うねうねと山を縫って続く林道を走って、車は登っていく。

 4台分ある駐車場付近でタクシーは止まって、「ここまでしか行けない」と。だけど、もう少し行くと、観光写真で有名な石碑があって、集落に行けたらしい……。しかし、ここから先まで行ってしまうと車が引き返せないとか、いろいろあったのだろう。運転手さんに待ってて貰えばよかったかな?

 集落らしい景色は見えなかったのが、少々心残り。こっちの希望がうまく伝わっていなかったのかもしれない。

Img_3059

Img_3060

Img_3061

Img_3062

 この写真の道を少し歩くと、石碑と集落があったらしい。

 とはいえ、いろいろ説明を聞いた。十津川村の人口は1980年の半分の3000人強。しかし奈良県最古の高校があったり、独特な土地柄は不滅だろう。いや、とは言っても人口が減ってしまうと……。

Img_3063

Img_3065

 山を下りて、「柳本橋」という吊り橋のところで降ろして貰う。「谷瀬の吊り橋」より小規模だが、吊り橋。

Img_3066

Img_3067

 渡ってみたら……ゆらゆら揺れて、怖い。素朴な吊り橋だから、安全性なんかあんまり考慮されていない。下の河原には工事のダンプがガンガン走っているし……。

 途中まで歩いて、引き返す。この橋を渡らないと帰ってこられないところで車を降りなくてよかった。いやいや、吊り橋を舐めてました。

 おれの田舎・徳島の山奥に「祖谷地方」があって平家の落人が集落を形成していたという伝説があるが、追っ手が来るのを防ぐため、集落の入口にある橋は、植物の葛を編んで作った「かずら橋」が有名。これは切り落とせるので。観光名所で、数年に一回掛け替えられるのだが、あんなもの、何が怖いのだ?と思っていた。いやいや、吊り橋は怖い。

Img_3069

 で、トンネルをくぐって、ホテルに戻る。

 ランチは11時30分からなので、しばし広場で時間を潰す。犬を連れてきて走らせているご夫婦を眺める。いやあ、こんな思いっきり走り回れる環境で暮らせる犬は幸せだろうなあ。

Img_3072

Img_3074
Img_3076

 11時30分になったので、レストランへ。

 週替わりランチは「天ぷらそばとめばり寿司」。それじゃあ足りないと思ったので、おれはカツ丼にする。

 美味い。

 食事が終わると12時になり、お風呂に入れる。宿泊した客はチェックアウト後も無料で入れる。

 貸し切り状態で、おれ一人。

 ゆーっくり30分入るが、それが限界。

 それにしても、いいお湯だ。

 ロビーで相方を待ち、お土産を買い、13時45分のバスを待つ。

 定刻より少し遅れて、バス到着。たくさんのおばさんが下りるが、ゴミをそのままにしていくのはダメだろ!オバハン!

 乗ったのは我々だけで、乗客は全部で3人。途中、数人が乗って、下りたが……。

 バスは新宮へ。

 川はほとんど干上がった感じになったり物凄い水量になったり。水が透き通って文字通りの清流になったかと思ったら、水力発電所の排水が(かなり上流の水)大量に混じると青く濁る。

 

 「奥宮」など由緒ある大きな神社は鬱蒼と茂った森の中にあって、荘厳のひと言。

 「湯ノ峰温泉」などを経由。この「湯ノ峰温泉」にはまた来たい。鄙びた旅館に泊まりたい。

 ウトウトしていると新宮市内。

 15時47分、新宮駅、着。

Img_3077

 名古屋行きの「南紀8号」は17時30分発なので2時間弱、時間がある。

 バスから見えたお城のような凄い建物を見に行こうと、歩き出したら、モーレツに派手で巨大な門がある公園が。

 「徐福公園」。

Img_3078

『伝承によると、徐福始皇帝に東方にある蓬莱・方丈・瀛州に不老不死の霊薬があると具申し、命を受けて財宝と共に数千人を従えて秦から東方に船出したというが、その内蓬莱に当たるのがここ新宮とされていて、徐福はその後新宮に住み着いたという。ここに住み着いた徐福とその従者たちは大陸からの文化や農耕、捕鯨漁業に関する技術を新宮の人々に伝え、ここ新宮の地で歿したと伝わっている。

 この公園にある徐福の墓は、江戸時代元文元年(1736年)に建立されたもので、紀州藩初代藩主である徳川頼宣が儒臣の李梅渓に「秦徐福之墓」の文字を書かせたものと伝わっている』とWikipediaにあるが、似たような伝説は日本各地にあるらしい。

 中にある売店もど派手で、てっきりラーメンや餃子を食わせる店かと思ってしまった……。

 その先に、巨大な日本建築とビルが繋がった巨大な建物がある。それを目指して歩いていると……それは、天理教の施設だと判明。「天理教南海大教会」というらしい。観光施設じゃないから入れないだろう。(*あとから調べたら「潜入記」がネットにあった)

Img_3080


 新宮まで来たのだから、どこか神社にお参りしよう、と思ったが、疲れてきて、萎えてしまった。

 それに、新宮駅には駅弁がないので、ローソンで弁当を買うか、この辺で何か食べて乗るか、そのどっちかしかない。車内販売は期待出来ないし。

 が、時間がハンパで17時前。どこも空いていない。

 新宮には、ファーストフードがない。マクドもケンタも吉野家も松屋もデニーズもないぞ。いや、あるけど、駅から遠い。たぶん、ロードサイド。

 駅周辺には、天理教以外にも金光教とか世界なんとか教とかキリスト教会とか、宗教関係の施設は多い。新宮は宗教がさかんなのだろうか?

 

 メシ屋を求めてウロウロしていたら、「飲み屋モール」みたいな一角の中に「やまもと」というお店を発見!18時に閉めてしまうお店で、食事も出来た。

 二人で「ポークステーキ定食」を頼み、関西テレビの医療ドラマの再放送を観ながら、食う。ドラマが終わると関テレのニュースが始まった。

 常連のおじさん(おれもおじさんだけど、おじさんの先輩)と一緒に、ガースーや文部大臣のテイタラクな姿を観て好き放題言って笑う。この辺は保守的で、二階の地盤だが、そういう土地のおじさんまでもがアベ政権の主要閣僚を嗤うようでは、最強を誇ったアベ政権も、もう長くはないだろう。

 先輩おじさんにお別れして、駅へ。

 新宮駅は引き込み線がたくさんあって、昔は主要な駅だったことが偲ばれる。昔の光今何処。

Img_3083

Img_3082

 昔懐かしい『洗面台」。蒸気機関車時代はここで顔を洗って長旅の疲れを癒したのだろうなあ。

 「南紀8号」はディーゼル特急。紀勢本線はここ、新宮でJR西日本と東海に分かれて、西日本側は電化されているが、東海側は非電化。

 ディーゼル車って、バスに乗ってるみたいで、いまいち鉄道の感じがしないんだよなあ。うるさいし。

Img_3084
Img_3086

 まだ陽があって、熊野灘を眺められる。川の水がとても美しいし、海も美しい。リアス式海岸はかなり深く切り込んでいて島が浮かんで、美しい。

 ビールを飲み、ミックスナッツを食べ、チップスターを食べ、助六寿司も食べる。食べ過ぎだが、乗り物に揺られているとお腹が空くのだ。

 多気あたりで日が暮れた。

 紀勢本線はかなり揺れるが、伊勢鉄道線に入るとあまり揺れなくなった。保線がいいのかあんまり本数が多くないからか。

 単線なので列車の行き違いで止まることが多くなってきて「2分遅れ」とアナウンスされた。名古屋での乗り換え時間は、定刻で6分。2分遅れだと4分で乗り換えなければならない。大丈夫か?

 通りがかった車掌さんに聞いたら、「関西本線にはいるとダイヤに余裕があるので挽回できると思います」とのこと。

 結局、完全に挽回して、定刻に名古屋。

 東京などと違って、新幹線の乗り換えは至極便利で、4分しかなくてもなんとかなっただろう。プラットフォームをずいぶん歩いた上に、少し待ったのだから。

 予定通り、20時55分発の「のぞみ56号」に乗車。車内はほぼ満席。

 「南紀8号」がなんだか暑くて、汗をかいたら、全身からマッチ棒の匂いがしてきた。硫黄泉に入って時間が経つとこうなる。

 新幹線に乗ると、どっと疲れが出てきてた。最後の最後で「乗り換えサスペンス」が発生したからか?

 通路を挟んで隣の席の男性は、読んだ新聞を丁寧に1ページずつ丁寧に几帳面に折りたたんでシートの物入れに挿していき、全ページ読み終わったら紙袋に移していた。

 これって、なんのために?

 それと、前の方の席で、ジャケットをフックに掛けたように見えるのだが、窓際のフックではなくて宙に浮いてゆらゆら動いているようにしか見えない怪現象も。たぶんこれは、服に見えるけど服ではなくて、なにか棒状のもの(ゴルフクラブとか)のカバーを席にもたれさせているので振動で動いてゆらゆらしているのだろう。

 

 いつもは、旅の終わりは名残惜しくて帰りたくない気持ちになるのだが、今日は早く帰りたい。東京の気温は上昇して、残してきたくーたんが心配だから。エアコンは回してきたけど、30度にもなったら「26度設定の弱風」じゃ暑いかも……。

 それと、全身が汗をかいて気持ち悪いし……。

 日暮里経由で、帰宅。

 ドアを開けて「ただいま!」というと、引き戸越しにくーたんの「にゃ~ん」という声が。

 外泊に拗ねているのか、すぐには抱っこさせて貰えず、しばらく追っかけっこ状態になってから、ようやく抱っこして、留守番のお礼を言う。

 ご飯を出して、おれは風呂。

 資源ゴミを出して、涼んで部屋に戻ったが、汗は引かず。

 扇風機に当たりながら、録画してすぐの「孤独のグルメ」を観る。

 むむ?今回は新機軸?五郎さんの過去の思い出が……。

 旗の台のスペイン食堂で、子供のお誕生祝いを完全に無視してブイヤベースに夢中の五郎さん。

 この店は美味しそうだけど……しばらくは混むだろうな。

 1時58分、就寝。

今朝の体重:計れず

本日の摂取カロリー:3520kcal

本日の消費カロリー:289kcal/8219歩+29kcal(自転車)

« 6月8日/日本最長の路線バスに乗って、奈良・十津川村へ! | トップページ | 6月10日/日記を書いたり挨拶状を書いたり »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/580951/65393163

この記事へのトラックバック一覧です: 6月9日/熊野古道ほんの少し・新宮・そして帰京:

« 6月8日/日本最長の路線バスに乗って、奈良・十津川村へ! | トップページ | 6月10日/日記を書いたり挨拶状を書いたり »

安達瑶の本

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

安達瑶のサイト