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2019年11月18日 (月曜日)

11月17日/仕事&読書&いだてん

 7時36分起床。

 快晴。

 

 朝のモロモロを済ませるが、どこかに行って写真をたくさん撮ったときは日記を書く時間が長くなる。今日も小一時間かかってしまった。アサメシはいつもの定番、ダブルソフトのトーストにゆで卵、牛乳、コーヒー。

 

 仕事開始。長らく中断していた徳間文庫の新作。ゲラをやっている間にネタ出しをしていたし、あれこれ考えていたので、書き出せばするする行くだろう……。

 確かに、するする行った。そして、お通じも復活。体重が86キロ台に戻って、一安心。

 

 本日の夕方に届くはずだった、布団クリーニングに保管して貰っていた冬用布団が届いたので、干す。真空圧縮パックで届いたので、速やかに空気を入れて干すように書いてあるので。

 

 図書館で借りた「つけびの村」、今日が期限なので、残りの半分を一気に読む。

 ノンフィクションには、筆者が顔を出さず、ひたすら客観的に事実だけを追うタイプと、筆者が主人公で何を思いながらナニに困窮しながら取材を続けているのかまで書き込むタイプがある。沢木耕太郎とか。この作品は後者で、作者の個性がまた面白い。

 世の中には「定型信者」がいて、筆者も批判しているが、その定型にハマらないとダメみたいな感覚が読者にも編集者にもあるらしい。口コミでこの作品を悪く書いたヤツは、この「定型信者」なんだろう。これだという事実がバシッと提示されないと収まらない奴。しかし、世の中の出来事について、動機や結果がすべてバシッと分析できて解明できるコトは希だろう。関係者が存命で書けないこともあるだろうし。

 しかし、この作品は、かなりあけすけに書いていて、大丈夫かと心配になってしまう。幾ら高齢だった故人だったとしても……。そして、この集落に対する印象は悪くなるばかりで、これは、土地の人にとっては不愉快だろう。事実だとはいえ、そのまんま書かれてしまうのは……。

 事件の深層は、筆者の推定だが、多分この線だろう。そして、「噂の海に沈んでいるような集落」(こういう表現は文中にはない)は交通の便が悪くて隔絶した地域にありがちなものではなくて、この事件が起きたこの地域特有のものでもあろう。ではどうしてこの地域だけ、住民同士足を引っ張り合うようなイヤ~な感じなのかという理由も、筆者の推定が書いてあって、それも多分、この線なんだろうと思う。

 登場する人々がなかなかユニークで、いそうでいなさそうな人たちで、それが実に面白い。そして、人間の感覚というモノはこういう感じで麻痺していくのかという人間観察の優れた記録でもある。

 

 読み終えて、外出。

 まず、15日のお参りが遅れに遅れてしまったお稲荷さんに詣でて、図書館へ。

 「あとがき」だけコピーして本を返却し、新たにリクエストしていた池内紀「ニッポンの山里」を借りる。

 スーパーに寄って買い物をして、15時頃帰宅。干してあった布団を取り込む。

 

 買ってきたチャーハンを温めて食べる。これが昼メシ。

 仕事再開。

 中断前に走っていた部分をじっくりと肉付けしていく。

 

 17時30分。休憩して「笑点」を見て、そのままBSで「いだてん」を見る。悪役・川島正次郎と全面対決するまーちゃん。政治のドロドロってこういう構造なのか……。嘘を広められて外堀が埋まっていく。

 スカルノと組んでいる川島正次郎は流暢な英語を使っていたけど、彼が英語の使い手だという記録はないので、テレビ的な時間節約術なんだろう。リアルに通訳を使っていたらその分時間を使ってしまうから。

 イヤしかし、今回は胃が痛くなるような苦渋の回だったなあ。

 

 19時のニュースを見ながら、夕食の支度。キッコーマンの「ウチのご飯」シリーズの「すき焼き風肉豆腐」を作る。木綿豆腐を炒めてソースに絡めるだけ。これに青ネギを足したけど。

 なかなか美味い。今回も、「二人分」を一気に食べた。他におかずはないし。

 「ダーウィンが来た」を見て、地上波でも「いだてん」をもう一度見る。川島は、自分の意向通りに動かないまーちゃんが邪魔だからスカルノを使って外そうとしたのか?国際問題になりかねない大技を使ってまでマーチャン外しに強引に動いたのは、感情の問題ではない(と河野一郎は言った)とすれば、ナニ?川島の東京改造、日本改造構想にまーちゃんの「スポーツ至上主義」は邪魔だったのか?

 クドカンの壮大な伏線が張られたなあ。

 

 しかし、来年の大河、大丈夫かなあ。殺人とか拉致監禁とかの重大犯罪でなければ、出演者の不祥事はタイトルでお断りを出すだけでなんとか出来ないものかね?今どき、そんなことでわーわー騒ぐ奴はいるのか?ああ、杉村太蔵みたいな単細胞バカのタグイか。

 

 借りてきた「ニッポンの山里」、祖谷の部分だけ読んで、おれが知りたいことが殆ど書いてあったので、快哉を叫ぶ(心の中で)。これは名著。実際に足を運び、土地の人と言葉を交わし、滞在しなければ書けない臨場感がある。歴史学者が資料をまとめたものとはまったく違う。これだってノンフィクションだ。

 唯一マズいのは、これを読むと、また祖谷に行きたくなってしまったことだ。自分でも何故だか全然判らないのだが、祖谷、それも山深き東祖谷には猛烈に心惹かれるものがある。多分、ファーストインプレッションというか、10月の平日の雨の日、という全く観光地ではなく土地の素顔が見えた日に行ったのが大きいだろう。晴れた休日、カメラを持った外国人観光客で賑わっている観光地モードのときとはまったく違う。厳しく寂しく悲しい空気が集落に漂っていた、と書くと、地元の人は怒ると思うけど、でもやっぱり、どんどん人が減ってしまって空き家だらけという寂しさは隠せない。昔から人がいなかったのならともかく、昔はそれなりに賑わっていたのなら。

 とは言え、おれを含む多くの旅人を魅了してきた「すごいもの」がここにはある。それが、「つけびの村」と大きく違うところだろう。その「すごいもの」は山岳信仰の対象になる山の合間にあるから湧き出るものなのだろうか?

 

 21時、仕事再開。今日は夜になっても仕事のスイッチが入ったまま。ガンガン書けると不安も消える。自転車操業は、自転車が走っているうちは安心だ。失速してヨロヨロし始めるとヤバいけど。

 

 ゴミ出しを挟んで、仕事続行。

 途中、Twitterを覗くとアベを妙に庇う奴がいたので反論。この手の人って、独特の「自分にしか通用しない妙な基準」でモノゴトを線引きするからお話にならない。それが判った時点で撤退。言葉が通じない相手とえんえんやるのは時間の無駄。ま、向こうも同じ事を思っただろうけど。

 しかしそれが眠気防止の役割を果たして、仕事も続ける。

 

 2時近くになって、まあなんとかノルマを果たし、考えていた分は全部書いたので、明日分のメモを書いて、終了。

 2時17分、就寝。

 

今朝の体重:86.75キロ

本日の摂取カロリー:1464kcal

本日の消費カロリー:248kcal/3156歩+自転車

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コメント

風様:
ストリートビューで、ドライブした道を辿りました。通ってないけど林道を行き止まりまで追ってみました。
すると……なんでしょう?なぜか涙が込み上げてくるんです。
なんでかなあ?勝手にナニか物語を作り上げて、それに泣いてるような……。
平家の落人伝説は日本各地に残っていますが、この祖谷は格別に味わい深いモノがあります。
しかし……ストリートビューを見ているだけで胸がいっぱいになって涙が出て来るというのは、自分でもよく判りません。妙に入れ込みすぎてる感じもしますが……なんか、愛情のようなものを感じてしまうんです。
そして、山奥まで人が住んでいる(住んでいた痕跡がある)のも驚異的です。

風様:
「ニッポンの山里」の祖谷の章はこの本のための書き下ろしですよね。やっぱり池内さんにとっても「特別な場所」「別格」だったのではないかと思います。この文章に出てくるところは車で通ったところばかりですが……車だと素通りしてしまって、池内さんのようにじっくり風景を愛でてて味わえませんでした。なんせ道が細いので、運転するのが精一杯で……。
徳島に住んでいながら、東祖谷は本当に死角というか、西のかずら橋、東の剣山は知っていても、東祖谷に目を向けることはありませんでした。それだけ注目もされない、山奥の寒村だったわけですね。
昔はそんな山奥にもバス路線が網の目のように敷かれていたそうです。ということは、案外、人の動きは活発だったんじゃないでしょうか?
むしろ、バスがない時代、道路もろくにない時代に思いを馳せてしまいます。山岳武士団という言葉にも強く惹かれるものがあります。
なんでしょうね、この物凄い魅力は。民宿か、古民家を改造した宿に長逗留してみたいです。山奥の冬も体験してみたい……。
ストリートビュー、見てみます。また、良い本があったらご紹介ください。

 Googleマップで、国道439号線を辿りながら東祖谷一帯のストリートビューを見てみました。期せずして素朴な紅葉がちらっと映ってました。
 祖谷川沿いに「三嶺登山口」という四角い案内板がありました。川を渡った先に登山道があるのでしょう。
 47年前の冬、このあたりのどこかでテントを張ったのです。
 ストリートビューを見ていると、家々には車が駐車しています。道が細いとは言え、現代では人気観光地であるかずら橋や大歩危小歩危に繋がっていますが、当時は今のように車が普及しているはずもなく、唯一の移動手段が乗合バスだったことを考えると、バス停からも離れた山裾の集落はずいぶんと「静か」だったことでしょう。つまり高松や徳島を通じて直に伝わる時代の息吹や、集落外の祖谷の住民との交流でさえも、あまりなかったように考えられます。
 池内さんの『ニッポンの山里』で大トリを務めたのが祖谷、それも東祖谷というのは偶然なのでしょうが、象徴的だとも思います。
 私は営巣地近くを散歩したときに、たまたま色素不足の若い女性を見たり、集落の人から白眼視されたりしたことを、夜、仲間たちと面白おかしくホラー話に仕立てたアホガキですが、そもそも我々自身が田舎者でもあって、かなり辺鄙で古風なムラや集落も知っているわけです。だから、営巣地周辺の孤立感が半端ない、というのは正しい認識です。
 昨年、NHKでアマゾン川流域の孤立した先住民族を追ったドキュメントがありました。アマゾンは奥深く広大だからそういうこともあるだろう、って21世紀の私たちは別に驚きもしません、が、わずか50年前に、このニッポンでもそれに近い人たちのムラがあったかも、なんて仮定してみたら、ビックリです。
 池内さんの100分の1くらいですが、辺鄙な村を巡って、時々は地域のかたがたとお喋りなんかもするのですが、祖谷より神秘的なところはとうとうありませんでした。精神にどーんと来たインパクトがただ大きかっただけ、かもしれませんが。

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