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2020年2月 5日 (水曜日)

「男と女 人生最良の日々」の感想(ネタバレあり)

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脚本・監督:クロード・ルルーシュ

TOHOシネマズシャンテにて

 

 1966年の「男と女」、1986年の「男と女Ⅱ」(これは未見)の、続篇。

 スクリプターからプロデューサーになって「アート系ばかり作ってて首が回らなくなって」獣医をしている娘の近くの街でアクセサリーショップ(なのか?)をやっているアンヌ。老いはあるが、カクシャクとして言語明瞭で元気で、しかも、美しい。この時点でもう、昔からのファンとしては涙。

 そこに初老の男がやって来て、「父に会ってくれないか。認知症が進んできているが、あなたのことばかり言っている」と。

 こうなると、66年の、あの鮮烈な映像が見たくなる!ルルーシュは観客をその気にさせて、「観たいでしょ?」というように、66年の「男の女」から印象的な場面を挿入する。

 鳴呼美しいアヌーク・エーメ。カッコいいジャン=ルイ・トランティニアン。

 元レーサーのジャン=ルイ・デュロックは高級老人ホームに入っているが、みんなと歌ったり慰問の歌手の歌を聴いたりするのが嫌いで、美しい庭で一人ソファに身を沈めて昏睡むのが好き。

 そこにやってくる、アンヌ。ジャン=ルイは彼女がアンヌとは判らない。

「あんたは新入りかい?昔、あんたにそっくりな女を愛した……しかしおれは人間としてダメだったから別れてしまった」

 トランティニアンは、老いを強調したようなメイクで、髪は薄くてヒゲぼうぼう、目は鋭いけれど、往年の面影は薄い。ここでおれみたいなファンはまたしても泣いてしまう。

 これはドキュメンタリーではないんだけど、どうしても役と現実を混同してしまって、「半分ボケてついさっきのことを忘れてしまうじいさん」と化したジャン=ルイに涙する。それは、「栄光の若き日」への惜別。

 66年の映像がこれでもかと挿入されて、嫌でも「あの頃の光り輝いていた日々」が思い出されて、切ない。思い出が甘美であればあるほど、現実は苦い。

 観る方も、どうしても我が身に置き換えてしまって、感傷の涙がぶわっと溢れ出る。

 観客席を埋めるのは、おれより「人生の先輩」ばかり。61歳のおれは、この中ではちゃきちゃきの若手だ。みんな、人生のいいときに「男と女」を観たに違いない。

 おれはまだガキだったし、封切りではなくテレビ……いや、リバイバル公開で観た(はず)。しかしいっぺんにこの映画の虜になって、少数の製作スタッフの超低予算で短期間に撮ってしまった、その製作システムも研究して、こんな映画を撮りたいと思ったものだ。

 しかしこの作品は、低予算でガリガリ撮っていた手練れの猛者ルルーシュだから出来たことで、日芸の学生が真似できるものではなかった、才能の格差もあるしね。

 

 アヌーク・エーメは老いたとは言えカクシャクとして美しい。人生の貫禄があって、理想的な老境。しかし……老いさらばえたジャン=ルイ。

 半分ボケたジャン=ルイは「おれはハンサムだったから女にモテた」と豪語していたが、それはジャン=ルイ・トランティニアン本人のことでもある……。とか、そういうことを思っていると、涙が止まらなくなってしまった。

 しかし!ルルーシュがそんな単純な「若き日のノスタルジー」だけの映画を作るわけがない。後半、愉快なドンデン返しが待っていた!

 66年の「男と女」でも、現実の中に無想する場面がぽんと挿入されていて、それがギャグになっていた。ジャン=ルイがアンヌに職業を聞かれてレーサーと言えず「パリの色街でブイブイ言わせているヒモ」の場面がいきなり入ったり、アンヌの回想がだしぬけに入ったりと、時間と空間に移動が自由な作品だったが、そのテイストを今作でも使っていて、スピード違反を取り締まる警官をアンヌがいきなり撃ち殺してしまったり。

 最初は、あまりの展開に「これはどういう映画なんだ!」と驚いたが……やがてそれは幾つか挿入される「無想シーン」だと判って大笑いになる。

 その、人を食った間合いがとてもいい。

 ドーヴィルの、あの印象的な、思い出に残る海岸線。その砂浜にあるボードウォークをふたりを乗せたシトロエン2CVを走らせるが管理人に止められる。

「50年前にマスタングでここをぶっ飛ばしたバカがいて……」

「それはおれだ」

 ああ、なんといい会話だろう。クソジジイ然としたジャン=ルイが言い放つのだ。「それはおれだ!」と。

 あたしゃ、感動しましたね。

 

 そういうこともあって……ジャン=ルイの認知症は、実は詐病で、周囲を戸惑わせ混乱させて喜んでるんじゃないか、と担当医は内々に思っていることが判る。

 そう言えば……最初からジャン=ルイはアンヌだと判っていたけど、かなり恥ずかしいから「よく似た女」と言うことにして、本心を吐露したのか……。

 そう思うと、それはそれで、涙涙。

 レースの仕事から手を引いて引退して、足腰も弱くなり記憶ハッキリしなくなって「死ぬのを待っている」状態。おれの仕事には「引退」はない(注文がなくなって誰も相手にしてくれなくなったときが引退だろう)が……アンヌは自分の店を切り盛りしなければならないから引退は、ない。しかしジャン=ルイは引退して、何もすることがなく、老人ホームで「余生を送っている」が、それはすなわち、「死ぬのを待っている」状態ではある。

 ここで、「人間の尊厳」と言うこと考えてしまう。

 実際の彼らは、みんな「やって来た人たち」だ。みんな凄い実績を残している。胸をはって「おれはやってきたんだぜ!」と言える。

 そういう老人になりたい。たとえ寂しい末路であろうが、「だけど、おれはやって来たんだぜ」と胸をはって、言いたい。それが人間の尊厳であり、尊厳のある人生であり、老後なんだろうと思う。

 

「私だって、私なりに やってきたんです」

 これは、北沢楽天の人生を描いた映画「漫画誕生」のキャッチフレーズだが、この言葉は心に染みる。そして、この「男と女 人生最良の日々」に出てくる人たちみんなが、そう思っているはずだ。

 前半は泣いて、後半は実にユカイで、なんだかホッとして、嬉しくなった。

 66年の「男と女」でアンヌの娘、ジャン=ルイの息子を演じたちびっ子ふたりが、そのままの役で、成長した姿を見せてくれる。それも凄い感動。ああ、あの子が……こんなに立派になって……と近所のじいさんみたいな感慨が湧き出る。

 

 「若いもんには負けないぞ!」的な単純な映画ではない。老いの問題とか、引退後の生き方・生き甲斐とか、いろんな事が内包されていて、それがルルーシュ流のひねたユーモアに包まれている。

 しみじみと、いい映画。あの暴れん坊でガキ大将だったルルーシュも、こんな映画を作る境地に達したんだね。

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